梗 概
瓦蝉が泣いている
『ぼく』はこの町の動物園が大好き。朝目覚めるが早いか、あっという間に、入場門に走り込んでいくくらい。そんな生活を毎日なので、園内で働く人たちとはすっかり顔なじみ。綿菓子売りのパンクギャル、清掃担当の路上アーティスト、今日の珍獣コーナー係の飼育員のおじいさん、みんなに挨拶の言葉を投げかけながら、中央広場の時計台まで大急ぎ。
古びた時計台はペンキもはげちょろで、強い風が吹くとペラペラ色がはがれてく。この時計台と入園者用の駐車場は地下通路で繋がっているらしく、世界各国から訪れる団体客たちが物珍しそうに出てくるのは、この小さな入り口から。誰もが顔からはみ出しそうな笑顔で、ハッピーな雰囲気を着込んでて、だから『ぼく』は、一番最初にそこを訪れる。だって、「ぼく」のハッピーもつられて大きくなるから、でしょ?
でも、今日、そんな人たちの姿は一人もなく、『ぼく』は少し寂しくなる。
「今日だけじゃないだろ、人が来ないの」
綿菓子売りのお姉さんが詰まらなさそうな顔でガムを噛んでいる。
「もう、あきらめなよ」
プゥーッとふくれた紫色のバブルガム。
「お昼のバスかもしれない。きっとそうだよ」
『ぼく』は気を取り直す。
ぱちんとはじけるバブルガム。
「じゃあね」
『ぼく』は走り出す。ここにはほかにもたくさん面白いことがあるから大丈夫。
世界にここだけ珍獣コーナー、今日のお勧めは『ねーこ』。とっても胴体の長い猫なのだけど、まるで蛇みたいに長いので、あんまり可愛くない。そして、本当は珍しいのかどうかも微妙。
「この世界に、そうそういつまでも新しい珍獣なんていないよ」
飼育員のおじいさんがつぶやく。
「だから来園者が減ったのかなぁ」
『ねーこ』のエサは、カルボナーラ。噛まずにつるつる、いつまでも飲み込んでいる。
「古い動物たちだって可愛いよ。でも、不思議な、ここだけの動物がいた方が、この動物園はもっとハッピーなところになるよね。ぼく、探してくる。」
『ぼく』は珍獣探しの冒険に出かける。
広場の前でモップを使っているアーティスト、石畳の上に何やら絵を描くと、それがもこもこ立ち上がり、氷でできた車の出来上がり。
「俺もついてってやる。クールな車でくーる来る。」
「あたしも行くよ、つまんないからね、ここは」
と、お姉さんも乗り込んで。
「さぁ、早く」
二人がニコニコさし招き、誘われるまま車に乗った。
シートは固くて冷たいけれど、それでもわくわくした気持ちでいっぱい。
そしてぼくらは時計台の小さな入り口をくぐり抜ける。
地下通路には何にもなくて、それは光がないから真っ暗とか、そういうレベルのものではなくて、闇すらないような一面のぼんやりとしたグレイ。ここからあそこへという方向も距離もなくて、ただそこ、今しかない。ぼくらは動けず、立ち往生。
「どこにもつながっていない通路なんて潮だまりと同じ。」
乾いて、干からびて、粉になって、消えてく。
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内容に関するアピール
生き物を考えているといつの間にかポケモンになってしまうので、生きてないもんを考えた。
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