梗 概
蜂と木 さよなら、スマートフォン
「あの気の強いセクシーな娘、ここだけの話、俺は一発ヤリたいと思ってたんだ……俺は今年55だが? バカ野郎、性欲ってやつはそうそう減らねえんだ。ああ、んなことはどうでもいい……とにかくさ、あの娘に会って俺は変わったんだ。どう変わったかって? ちょびっとばかし、未来について考えるのが好きになったね。未来さ、我々の」
*
2028年。スマホと高速ワイヤレス回線のバブルが崩壊し、ツケとして世界的経済不況が訪れつつある。オリヴァーはビューロクラート――いわゆるドイツ官僚の重鎮だ。セクハラ癖のあるデブのおっさんだが、人情味があって市民には愛されている。
「世界中が不況の中、ネオ・ヒッピーの起業家が創出するエコヴィレッジ型都市ホルツマルクトでは、優秀なスタート・アップが誕生しまくってる。金回りもいい」オリヴァーは同行の秘書に言う。秘書はGカップだ。
オリヴァーは、助成金の是非を判断するため、ホルツマルクトへ視察にやってきた。本来官僚の仕事ではないが、ヴィレッジの最重要人物であるエマ・ブライトクロイツ――17歳の天才起業家で、セクシーな美少女、シナスタジアMRの開発者である彼女に興味があった。
「職権乱用では?」と秘書。「きみ、※蜂と木だよ」とオリヴァーは言う。
エマが開発したシナスタジアMRは、最高の没入感を提供するゲームだ。HMDにインストールしてプレイすると、現実の風景に、エマが設計した宇宙的な映像、空想の動物たち、幻想的な建築が重なっていく。体験者の中には「このまま死んでしまいたい」と言い出す者がいるほど、その没入感は圧倒的と評判だった。
エマはよく笑う。口が大きくてセクシーだ。こんなに美しい娘をオリヴァーはかつて見たことがなかった。
だがオリヴァーは、ヴィレッジの奥で非常に残念な事実を突き止めてしまう。
「ヴィレッジの裏の資金源は麻薬植物Hixenの栽培だ。Hixenを海外へ流してヴィレッジは金を得ている。そしておそらくエマは、この麻薬植物を使った実験からMR技術の開発をしている。あの強力な没入感、光悦感は、Hixenによるトリップがモデルだ」
エマは逃げずに、オリヴァーに向き合おうとする。自分たちの取り組みがいかに未来にとって重要かを話し始める。
「私たちの感覚は分断されている。言葉は言葉、聴覚は聴覚。その制約の中で表現し、伝え合うことが美徳だと思っている。でも本当は、人間が何かをイメージするとき、最初からそれが分かれてはいないでしょう?」
「――ああ、なんとなく、わかるぜ。俺は職業柄、人によく会いに行くが……後でそのことを文字に起こすときには、その時の風景や音、匂いや肌触り、〈心〉を思い出しながら文字にする」とオリヴァー。
「そうでしょう? これは人間がずっと抱えてきた問題なの。イマジネーションは統合的で、印象に境目なんかない。それを「映像ではこんな感じ」「言葉ではこんな感じ」と、部分的に抽出する方法をとってきた」とエマ。
オリヴァーは真剣に話を聞いている。
エマは言う。「これからは、違う。体感そのものが心を動かすことができる。これは新しい世代の表現者たちの、重要なツールなの。〈心〉を表現するための」
オリヴァーはこの時初めて、シナスタジアMRを実際に体験した。それは強力なトリップだった。エマは技術者としても超一流であることを彼は確信した。圧倒的なリアリティだった。試したことのない者には説明できない種の説得力だ。初めてドラッグを吸った時。初めてセックスをした時。そして54歳にして、初めて経験する感動。
*
その後ビネスマルクトはさらに革新的な都市へと成長し、エマはシナスタジアMRのアップグレード版を完成させる。複数のアワードを受賞し、世界最大手3社全てのHMDに常時搭載されるようになる。これはスマホの利用率が最盛期の2割程度に落ち込むきっかけの一つになった。
金の匂いと、噂を聞きつけた様々な人々が、エマ達のラボを調べようと押しかけるが、オリヴァーはビネスマルクトを法的に守れるよう、政治家として裏で手を回す。
オリヴァーは「と、ところで一発ヤラせてくれ」とエマに冗談を言う。彼女はそれを一蹴し、代わりに彼の秘書をベッドルームに連れ込もうとする。エマはバイセクシャルだった、それも巨乳好きの。
「あなたには感謝してるから、これをあげる。2年後には世界中のみんなが眼にうろこね」とエマは小さなケースを手渡す。「正しくは――」と言いかけるオリヴァー。
中には未発表のコンタクトレンズ型電子デバイスが収められている。それにはシナスタジアMRよりもさらに強力なMRが搭載されている。
「俺には政治家として国民に危険がないか調べる義務がある。」とオリヴァー。彼はエマの作品のジャンキーになっていた。2年後にスマホを使っている者は誰もいないだろう。
そして実は、エマは生まれながらの強いシナスタジア体質で、鋭敏すぎる感覚と幻覚に悩まされており、麻薬植物はむしろそれを抑え、コントロールするために使用していたことが判明する。シナスタジアMRは、それ自体が「世界には、様々な異なる感覚を持つ人々がいる」ということを伝えるためのものだったのだ。それはエマの痛切な思いだった。
エマは秘書の服を脱がせ、豊かな乳房を掴み、オリヴァーに言った。
「でも私は、そう、どれか一つ選ぶなら、ドラッグよりも、MRよりも、セックスが好き。あなたとはゴメンだけどね」
笑いながら、エマは小さく舌を出した。
文字数:2236
内容に関するアピール
※蜂と木とは、民間(蜂)と政府(木)が協力して改革を行なっていくことの例えとして使われる言葉です。ホルツマルクトは、世界中から集まる起業家たちの多様な行動主体で構成され、生態系における資源の共有や「異花受粉」といった生物界の知恵が巧みに導入される場であるという設定です。
実作ではアメリカに住んでいた頃の経験を生かしてMRのトリップ描写を鮮明に行いたいです。
前回、大森さんにもう少しシンプルにした方が、と言って頂いたので、それを心がけつつ、自分なりにポップにしてみたつもりです。よろしくお願いします。
文字数:249