梗 概
奥行きのあるアワビ
会社を出て歩いていると携帯が鳴った。
「チャンプ」と表示されている画面をタッチして通話を始める。
「お疲れっす。何してんすか?」
「今仕事終わって駅まで歩いてたとこです」
「え、働いてんすか?」
「はい」
チャンプは前の職場でたまたま出会った2つ上の27の男でチャンプというあだ名は、ルックスがチャンプロードに載ってそうだという理由で俺がつけた。彼は1年前から働かずに1日16時間ほどオンラインゲームをし続けている。
「仕事つまんなくないすか?」
「まぁ、労働っていうのはつまらないけど仕方がないもんらしいですよ」
「漁師やりましょう。泳げますよね?」
「はい?泳げます。いや、やらないですよ。なんすかそれは」
話を聞くと、何かの密漁をして短期間で稼ごうという、前にもあった末端系の話だった。
「前もなんか超めんどくさいことになったじゃないですか」
「今回は俺ら2人だから大丈夫ですよ。とりあえず来週1日だけ空けられませんか?」
前も同じだったという話はせず休みの日を伝えると、じゃあその日適当に連絡ください、お疲れっす。と電話が切れた。
次の週、公休である水曜日の昼頃電話をすると案の定ゲームをやめられないからウチに来て欲しいと言われ、家に向かった。
仕事は、関東系のヤクザが関わってるアワビの密漁で、知り合いのてつおさんがやっていたが、彼が飛んだから義理で代わりをやらなきゃいけなくて、俺に手伝って欲しいらしい。6:4の6貰ってって大丈夫です。と言われたのでお金欲しさに休みの日だけならという条件で了承した。
次の水曜日、夜10時に集合してチャンプが運転するワゴンでいわきの海岸を目指す。車中で半分寝ながらどうでもいいゲームの話を聞いていた。
5回目のコンビニ休みの後、車に戻るとチャンプが携帯を見ながらヤバいを連呼しだしたので、「どうしたんすか?」と聞いてみた。いや、なんでもないす。とだけ言われ、何か気まずいのかFMラジオをつけた。FMでは最近売れ始めた女優兼モデルの子が「この夏やり残したこと」のメールを聴取者から募集していた。
暗い海岸に到着し、既にそこで漁をしている人達と合流した。40前後くらいの男が5人いて、チャンプと俺はあいさつ代りにてつおさんのことを軽く謝った後、仕事の内容を聞いた。てつおさんのことを知っていたのはリーダーらしき1人だけで、ほかにいたメンバーは最近来たらしい。
「君らはこの中では若いから潜るの大丈夫でしょ?墨入ってないし」と言われ、「銭湯じゃないんだから」というツッコミもできないまま強引に潜る担当にされた。岩礁にアワビがいることを教えられ、シュノーケルとバールみたいなものを渡された。
チャンプと2人で準備をしながら。なんか雑じゃないすか?サメとかいないんすかね?と聞いたが、まぁまぁ、大丈夫っすよ。6割渡しますしと言われてどうでもよくなった。
いざ潜ってみるとサメもおらず、意外なほど簡単にアワビが見つかった。渡された網にバールみたいなヘラで引っぺがしたアワビを入れまくった。
アワビじゃなさそうなものもあったが、お金になるかもしれないのでとりあえず入れた。
網がある程度いっぱいになったので岩場に揚がり、チャンプが揚がってくるのを待った。
網の中を確認すると、アワビの中央に口が開いたやたらと長く奥行きのあるものがいた。暗闇だがぬらぬらと光沢があるのがわかり、うねうねと悩ましげに動いているさまを見て「この夏やり残したこと」を思い出した。
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内容に関するアピール
河北麻友子のラジオを聞いてとても楽しかったのと、「奥行きのあるアワビ」という単語が頭から離れなかったのでこんな話になりました。
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