梗 概
鉄琴少女
鉄琴の鉄子の出す音は「天使のハミング」とよばれるほど美しい。鉄子は、弟で木琴の木雄と一緒に去年の音楽祭ジュニアの部で優勝している。そして今年の音楽祭まであと一週間。幼馴染でピアノの鍵介が近頃めきめき力を伸ばしている。鍵介に負けてはいられない。今年も優勝するために日に日に厳しくなる鉄子の稽古に、木雄はついていけなくなり、ついにケンカになってしまった。その拍子に木雄の手が鉄子の顔に当たって、音板が一枚取れてしまう。地面に落ちた音板を見て鉄子は泣き叫ぶ。音板に涙が落ちる。鉄子は山の奥に逃げてしまう。
森に逃げ込んだ鉄子を呼ぶ声がする。それは叔父でバイオリンの弦造だった。弦造は少年の頃「旋律の魔術師」と呼ばれていたが、十代の頃のケンカとタバコが原因で弦を二本失っている。弦造に導かれて山奥の小屋に入る。「飲め」と渡された水を飲むと、今までの疲れが消えると同時に眠りに落ちた。
翌日、目を覚ました鉄子は自分の音板がもう一本落ちているのを見つけた。再びショックを受ける鉄子に、弦造は「それは大切なものだ」と音板を持たせた。鉄子は弦造と似た風貌の楽器達を紹介される。彼らは町から離れ、ずっとこの山奥で暮らしているらしい。「ついて来い」と言われてきたのは、山を越えた海の近くにある洞窟。楽器族にとって海は、落ちると身体が錆びてしまう危険な場所なので、今まで誰もこの場所には近づいてこなかったらしい。
「ここには我ら楽器族をお作りになった神がねむっている」
弦造が示したのは洞窟の奥の湖。かすかに光を放っている。この水を飲むと音のパワーを得られるらしい。鉄子が昨日飲まされたのもこの水だ。弦造たちは、自分たちを卑下してきた町の人々に復習する機会をうかがってきたが、自分たちのゆがんだ体では音のパワーを十分に発揮することはできない。そこで「天使のハミング」とよばれた音を出す鉄子の音板があれば、強大な音のパワーを得ることが出来る。
「さあ鉄子、その音板を湖に投げ込むんだ」
音板をかかげる鉄子。顔に違和感を覚える。触ってみると、音板が取れたはずのスペースに何か小さくてかたいものがある。
「……音のパワーを使って、何をするの?」
「もちろん、町を支配してやるのだ。あいつらにも同じ音の苦しみを味わわせてやるのだ」
「そんなのイヤ!」
鉄子の頭には今までの思い出がよみがえった。木雄、鍵介、両親たちとの幸せな演奏。音楽祭で勝つためにきれいな音をみがくことだけを考えてきたけど、そんなことよりまたみんなと楽しく演奏したい。
鉄子は音板を握り締めて逃げ出した。町へ向かって思いっきり走った。遠くで鉄子の名を呼ぶ声がする。木雄だ。
「お姉ちゃん!」
「木雄!」
両親から聞いた話によると、鉄子はちょうど“生え変わり”の時期だから、音板が取れるのは当たり前のことだそうだ。さっき鉄子の顔にあったのは、生えかけの音板だったのだ。
そうこうしているうちに、弦造たちが追いついてきた。音板を渡せと迫られるが、当然鉄子は断る。町の人たちも集まってきた。逆に追い詰められた弦造たち。そのとき、弦造の足に何かかたいものが当たる。昨日鉄子が最初に落とした音板だった。弦造はそれを拾うと、あの洞窟へと走り出す。鉄子はみんなに事情を説明し、全員で弦造たちを追いかける。
「待てええええええ!!」
山に慣れている弦造たちの足は速い。鉄子たちが洞窟に着いたころには、弦造たちは湖の前にいた。音板を手に持ったまま立ち尽くす弦造。
「だめだ、この音板は錆びている」
あの音板は、鉄子が流した涙で濡れて錆びてしまっていたのだ。弦造は錆びた音板を鉄子の方に投げやると、湖に身を投げた。湖面が光を放ち、その一部が洞窟の外へと飛んでいく。鉄子は二枚の音板を海に投げこんだ。
翌週の音楽祭を迎える頃には、鉄子の音板は全て生え変っていた。そして今年も音楽祭ジュニアの部の優勝は鉄子と木雄の姉弟だった。
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内容に関するアピール
楽器が生きて暮らしている世界のお話です。「音板」というのは、鉄琴や木琴の、たたくと音が出る板のことです。
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