ペンフェルパンフェル

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梗 概

ペンフェルパンフェル

 夏休みの最初の日に、隣家のコースケくんからペンフェルパンフェルのつがいをもらった美月。二人の住むエリアは音響特別調整区と呼ばれる音楽従事者のみ居住を許された特別区だ。

 「高いんじゃないの?」

 「いや、これ規格外なんだって」

 「どこが違うの?」

 「大きさがちょっと小さいみたい。でも成虫になったら音はちゃんと出すらしいよ」

 「ふーん…」

 「うまく育ったら、おれんとこのと合わせて鳴かそうな」

 すでに両親の世代に熱帯季候に移行していた日本のなかでも、特に奥羽山脈のブナ林に生息するとされるペンフェルパンフェルが発見されてから10年が経つ。ブナが水を吸う音に共鳴して「ぴょー」「ぴゃー」と歌う姿が健康器具のCMにも使われ、全世界が注目した。

 採集を目的に東北を訪れる観光客が爆発的に増え、一時はブームに沸いたが、多くの人間が海外でそのブリーディングに試みても成功しなかった。一説には熱帯雨林化した安達太良山系に生えるようになったサラセニア属の食虫植物が捕食したマルハナバチが同化したものだとか、鈴虫が放射能の影響で進化したものだという研究もなされはしたが、現在までには解明されていない。乱獲を危惧した政府は、生態がしっかりと研究・解明されるまではその採集を規制することにした。

 その反面で、機械音では出すことが出来ない天然のペンフェルパンフェルの出す高周波を聞くと、脳の基幹部が活性化され、生命維持に必要な免疫物質が分泌され、ストレスの軽減やリラックスできるといった効果が発表され、その人気は続いた。

 世界的な音響設計者であるコースケくんの父親の下には、研究材料としてのペンフェルパンフェルが多く届けられており、コースケくんの母親はそのブリーディングで会社をおこしてひと稼ぎしているようである。

 そんな事情よりも、もっぱら現在の世の中で希少な価値を生む生の音楽従事者となるべくして育てられている子どもたちにはペンフェルパンフェルの出す倍音とのセッションやその音の出し方を観察する方がもちろん興味の中心である。

 美月は1年生の夏に持ち帰った朝顔も花を咲かせられなかったし、縁日で捕まえた金魚も冬まで生かした経験がない。成虫になるまでちゃんと育つのか、という不安とともに、ペンフェルパンフェルとの暮らしを始める。

 ピアノで、自分の作った曲を弾いて聴かせる。それが餌なのだ。育てたい調を多く聴かせるとその調で鳴くようになる、というのは都市伝説みたいだけど、せっかくだから実験してみようと思う。コースケ君の家には成虫がいっぱいいて、コースケくんが弾くバイオリンに合わせて鳴いてくれるんだって。きっと一人で練習していても寂しくないんだろうな、と考える。

 美月が借りてきた本によると、成虫は土の外に出ているペンフェルと、土の中でもっぱら蠢くパンフェルの2態に分かれる。ペンフェルは丸くすべすべした愛らしい外観を持ち、その口から人間の歌声に似た澄んだ音を出す。同時に100ヘルツ以上の倍音を出しており、それが「天使の歌」と呼ばれ珍重されるようになった由縁だが、ペンフェルはただの共鳴体である。パンフェルは成虫になってもあまり幼生のジェリー状の姿と変わらず、目も口もなくずっと土の中で振動し、音を作る。食事をしたり、生殖するのもパンフェルがやって、ペンフェルはただ鳴くだけの機能しかもたない、とあった。

 ペンフェルパンフェル…2つでひとつ。美しい音を奏でる愛くるしいペンフェルと、醜い土の下のパンフェル。まるでわたしとコースケくんだわ。昨年楽士の資格をとり、華々しくメディアで活躍しているコースケくんに軽く嫉妬しながら、彼に頼まれた曲を書く自分と重ね合わせる美月。未だ楽士の資格を取得していない美月の書いた曲は、オフィシャルには発表できないのでコースケの作曲として発表しているのだった。

 夏の終りにはその最終試験が待ち受けている。ペンフェルパンフェルを育てながら、無事に楽士の資格を得ることが出来るかどうか。その試験を通過することができなければ、この街に暮らすことはできなくなる。美月は、ヴァイオリン協奏曲「ペンフェルパンフェル」の作曲に取り掛かった。

 

 

 

文字数:1716

内容に関するアピール

蝉の聲は雄によって出されています。蚊は雌しか血を吸いません。そういうふうに雌雄で機能がわかれていることが多い蟲たちですが、中には雌雄モザイクがいたりします。そのなかで、さらに美しい音色を奏でる生き物がいたらどんな形をしているだろう、と考えました。音色を奏でるのだから楽器のように合理的で美しい姿をしているのではないだろうか、栄養は澄んだ水と澄んだ音だけでことたりる、そういうものがいたら人間はどう接するだろうか、というところからストーリーを考えていきました。

夏、青春もの、というのがマッチすると思い、主人公を小学校高学年くらいに設定しました。近未来の話にして生音で奏でられる音楽が特別なものとして偏重されている世界のなかで、そういう生き物を育てながら自分も成長していく女の子の話を書きたいと思っています。

文字数:352

課題提出者一覧