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これからかるたの話をしよう

 

 

百人一首を知らない人はほとんどいないだろう。学校で全暗記させられた人も多いのではないだろうか。そう、必死で覚えたあれのことだ。

教科書的に説明するならば、百人一首とは藤原定家が撰修した秀歌撰である。天智天皇から順徳院までの約560年間にわたる歌人の中から、百人選んで一人一首の短歌が収められている。その成立時期は確定されてはいないが、定家が活躍した平安時代末期から鎌倉時代初期にかけてだと推定され、日本史の中でも教養の一つとされてきた。

今でこそ、学生にとって厄介な暗記物になってしまったが、その文化的価値は高い。例えば、百人一首を1つの文学作品として解釈する本は巷にあふれている。百首には古来より受け継がれた日本の「こころ」が詰まっている、などはもはや常套句である。

僕はこのようなありきたりな話をしたいわけではないが、それでも、百人一首が芸術作品でありうると思っていることは最初に示しておこう。それは単純に言語芸術であるばかりではない。実は、百人一首はもともと装飾として成立しており、襖に貼る色紙として作られたものだ。また、百人一首が書かれた歌かるたも、もともとは美しい絵や文字を見て楽しむ豪華な工芸品だった。百人一首は鑑賞の対象として親しまれた歴史を持つ。僕たちが芸術作品に対する時と同じような感覚で、百人一首がとらえられている時代があったということだ。

さらに言えば、百人一首、というより和歌は日本の伝統的な芸術と密接な関係にある。定家が展開した様々な詩歌論を受けて、後世の人々が思想や文化を形成してきた。千利休が茶道の精神を和歌で表現したように、茶道や華道、俳諧に至るまで和歌の影響を大きく受けている。

このような文脈を踏まえれば、和歌は伝統のアーカイブとして機能してきたと考えられる。もちろん、定家が編纂し、後に教養とみなされる百人一首もアーカイブの一つである。前近代の日本において、和歌はあらゆる文化活動の参照元として機能し、持ち合わせた高い芸術性が後世の芸術へと伝播していった。

翻って、現代の僕たちを顧みてみれば、和歌が思想的に、文化的に影響を与えることは少ない。それは近代化に際して前近代の価値観との断絶が図られたこと、思想や芸術が欧米的価値観をあらわすものとして力を持ったことなど、理由は重層的であろう。ましてや、グローバリゼーションが自明化した現代において、あらゆる思想や価値観は並立的に陳列される。そこにおいて和歌だけが特権的な位置を占めることはまずありえない。

ただ、だからといって、和歌がもの好きの趣向物にすぎない、アカデミックな研究対象に過ぎないと結論付けることは早計であるように思う。和歌、特に百人一首は時代に合わせるように奇形的進化を遂げて、従来の在り方とはまた異なった方向に活路を見出しているように思うからだ。

 

それではいよいよ

これからかるたの話をしよう。

 

唐突すぎて驚かれたかもしれない。しかし、そんなにぶっ飛んだ話ではない。百人一首とかるたといえば大体想像がつくと思うが、ここでお話しするかるたとは歌かるたのことである。僕は歌かるたにおける和歌の在り方こそ、時代が生んだ奇形的進化だと考えているのだ。

かるたは室町時代にポルトガルから伝来した。先にも述べたとおり、当初かるたは豪華な工芸品としてもてはやされたが、江戸時代に大量生産が可能になると大衆的な娯楽として定着する。源氏物語かるた、伊勢物語かるたなど様々なかるたが制作され、歌かるたもその中の一つとして登場する。歌かるたは百人一首の上の句を読み上げて、下の句が書かれた札を取り合って遊ぶ。明治時代になって印刷技術が上がると、その人気に拍車がかかり、スポーツとして確立されるまでになる。正式なルールが整えられ、現在まで残る競技かるたが誕生した。

かるたがスポーツとして近代化されるにあたって、そこに書かれた百人一首も前近代的な価値を失ってきた。それを示すのが「決まり字」や「一字決まり」の解説である。この動向は、かるたのスポーツとしての側面を重視すると同時に、百人一首に保存された意味を捨象していくものであった。どういうことか。

競技かるたは相手より早くかるたを取れるかを競う。したがって、詠みあげられる上の句をもとに、いかに早く下の句を確定させるかが勝負を分けるカギとなる。そこで、下の句を確定させるための「決まり字」というものが重視される。例えば、「ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みづくくるとは」が詠まれた場合、どの段階で下の句を確定できるのか。一字目の「ち」が読まれた段階では下の句を判断できない。なぜならば、「ちぎりおきし」と「ちぎりきな」で始まる短歌が存在するからだ。だから、この場合、二音目の「は」が読まれた段階で下の句を確定することができ、この短歌の決まり字は二字となる。これを受けて、競技かるたの世界を描いた漫画『ちはやふる』において、「ちはやぶる」の札は「ちはの札」と呼び表されている。

要するに、競技かるたにおいては百人一首に保存された意味性がことごとく解体されている。百人一首は意味ではなく、最小化された音で認識される。内容だけが軽んじられるのではない。五七五七七という形式さえも取るに足らないものとなる。書かれたものとしての短歌は読まれるためだけのものにすぎない。競技かるたにおいて、百人一首は一瞬現れては消える声としてしか機能しない。百人一首が喚起するのは文学的な感動ではなく、身体の反射的な運動である。

以上のことを、ダイアナ・テイラーの記述概念であるアーカイブとレパートリーを使って整理すると、文化の参照点というアーカイブとして機能していた百人一首は、レパートリーを重視した奇形的進化を遂げたと言える。ここでいうアーカイブとは耐久性がある素材(百人一首が書かれたかるた)、レパートリーとは身体化された実践(かるたを取る運動)というくらいの意味だ。千年前と変わらないまま保存された短歌が、ある人の身体を通して詠みあげられ、別の人の身体を実践的な運動へと導く。

 

 

競技かるたにおいて、百人一首は意味ではなく情報として捉えられる。とすると、百人一首のアーカイブ機能は失われたかのように思うかもしれない。百人一首は日本人の「こころ」という豊饒な意味世界を保存してきたのだから。しかし、このように考えるのは誤解である。かるたにおいても百人一首のアーカイブ性は担保されている。ただし、アーカイブへの態度が変わったのである。今までは百人一首を意味のアーカイブとして捉えていたのに対して、かるたにおいては単純な素材としてのアーカイブと捉えるようになっているのである。どういうことか。

まず前提として、短歌の意味の有無に関わらず、かるた取りの場に百人一首が存在していなければかるたを取れないという当たり前の事実がある。百人一首は固有の意味を有するものとしてではなく、その場で詠まれるべきものとして、ただそこにある。それ以上でも、それ以下でもない。この単純な事実が、百人一首のアーカイブ性を純化している。なぜならば、アーカイブとは変化に抗して残り続ける素材であり、それ自体にはなんの意味もない容量の空いた箱だからだ。アーカイブの純粋な価値は、どのような意味が保存されているのかではなく、変わらずにそこに在ることができるのかによって決まる。

誤解してほしくないが、僕は百人一首の文学的意味が失われたと言いたいわけではない。百人一首に込められた情緒、あるいは「こころ」は今でも人々を惹きつける力を持っているし、だからこそ千年間も受け継がれてきている。短歌の意味は今でもしっかりアーカイブされている。そしてまた、かるたをあえて芸術作品として提起するという現代アート的な試みをしたいわけでもない。

僕が言いたいのは、かるたに見られるような百人一首と僕たちの関係が、そのまま芸術と僕たちの関係に対応しているのではないか、ということである。そして、だとするならば、歌かるたが僕たちにもたらす経験が、現代において芸術が僕たちにもたらす経験の可能性を示しているのではないか、ということである。現代における芸術の在り方の写し絵となっているのが、かるたなのではないか。

かるたに見られるような百人一首と僕たちの関係とは、短歌に対して意味を求めなくなった態度である。百人一首とかるたが組み合わさっているという変な事実によって、短歌の本来的価値であると考えられている意味、「こころ」は視野の外に置くことができてしまうのである。かるたにおいて短歌は身体的な反応を生み出す情報にすぎない。この関係が芸術にたいする態度と対応すると仮定するならば、僕たちは芸術に特権的な意味を見出さなくてよくなる。大事なのは意味ではなく、身体的な反応ということになる。極論すれば、「なんかわくわくする」「なんか怖い」といった程度の非常に原初的な反応を喚起することが、芸術が僕たちにもたらす経験となるのである。

 

 

しかし、本当にそれだけなのだろうか。特権的な意味が解体された状況では、身体の反射しか喚起することができないのだろうか。身体的反応を生み出す情報の先に、芸術の役割はないのか。ここで再びかるたに注目してみよう。かるたが身体運動の他にもたらしてくれる経験こそ、身体運動を超えたところにある芸術の可能性である。

ただ残念なことに、僕は競技かるたの経験がない。かるたがどのような経験をもたらしてくれるのかを知らない。だから、一つの物語を参照してみたいと思う。競技かるたの世界を描いた、末次由紀による漫画『ちはやふる』だ。

ここで詳細な物語説明はしない。とりあえず、この漫画にはたくさんの登場人物が出てきて競技かるたをするのだが、それぞれに個性的なかるたのとり方がある。しかし、これはスポーツの戦術としての意味しか持たない。本当に注目すべきは、意味が解体されたはずの百人一首に自分なりの意味を読み込んでいることだ。例えば、主人公の綾瀬千早は、自分の名前と同じ音だという理由から「ちはやぶる」の歌に特別な意味を見出し、札の色が赤く染まって見えると述べている。また、千早のことが好きな真島太一は、「ちはやぶる」の歌を千早に見立て必ず取ることを決意している。

つまり、『ちはやふる』においては、歌の本来の意味とは分離した、極めて個人的な記憶や事情が短歌に投影されている。このことが可能なのは、短歌の意味が徹底的に解体しつくされているからである。かるたにおいて短歌は変化せずにただそこに在るものとして、純粋なアーカイブとして機能しているから、個人的な価値を見出して個人的な世界を立ち上げることができる。また、千早が「ちはやぶる」の札を赤く見えると述べているのも示唆的である。個人的な世界は身体を通して経験される。身体的運動を引き起こす情報の先には、個人的な意味世界がある。

もっとも、『ちはやふる』は漫画であり、すなわち虚構である。現実は脚色され、実際のかるたがもたらす経験とは乖離しているかもしれない。しかし、実際に起きた事象を解釈して、物語化して思考を喚起するのが芸術であるとするならば、『ちはやふる』という物語を紡がせている競技かるたには、個人的物語を数多く立ち上げる経験が詰まっているとは考えられないだろうか。

 

 

ここまでかるたの話をしてきた。かるたではアーカイブされた意味と実践されるレパートリーが分離している。このようなアーカイブとレパートリーのズレ、分離はかるたに限った話ではない。例えば、チェルフィッチュの演劇はテクストの意味と上演時の身振りが分離、ズレているという点でかるたと相似的な事象であると捉えられる。また、個人的な世界を喚起するのもかるただけではない。近年注目の集まる個人アニメーション作家の作品は、個人的な世界を投影されることで物語が進行していく。かるた的状況はいくつかの芸術表現と相似関係にあるのではないか。かるたについて考えることで、芸術表現の在り方について考えることになるのではないだろうか。これがかるたの話を通じて、現代と芸術の距離感について話してきた所以である。

思えば、短歌は一人称の言語芸術である。もともとからして、個人的な世界を発現するのに適している。このような和歌の原点に立ち返ってみれば、百人一首が書かれた歌かるたでは、個人的な世界が百個も(文字通り畳の上に)陳列されていることに気づく。しかし、繰り返すが、かるたにおいて一枚一枚が本来持っている個人的な意味世界など取るに足らないものなのである。かるたがもたらす経験は身体的な反応とその人に固有の個人的世界である。

かるたはこのようにして、芸術と僕たちの不思議な関係と可能性を示してしまっている。そして、それは芸術が僕たちにもたらすことのできる経験の限界でもあるかもしれない。意味から、身体的反応、そして個人的世界へ。芸術の可能性はかるたにある。

 

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