オブ・ザ・フットボール

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梗 概

オブ・ザ・フットボール

ファウルズ。
とある町の名前でこの町の名前。
地元の郷土史家にはその由来をベースボールのファウルからだとする者とフットボールのファウルからだとする者とがちょうど半数。
どっちだって構わないが、ここには物が飛んでくる。大小様々な物が滅多矢鱈と飛来して、人にぶつかるから堪らない。

俺は町のレスキュー・チームの一員で、役場からはスパイクとユニフォームが支給されている。飛来物体を蹴り返しクリアすること、それが俺たちの任務になる。とはいえもちろん、俺たちの手に負えないものもある。事実に則して言い直せば、俺たちの足に負えないものもある。そんなときは素直に退散するに限る。
ゴールはあるはずもない。なぜって俺たちはレスキュー・チームであって、フットボール・チームではない。

ところで俺としては、名前の由来は後者が正しいような気がしている。根拠と呼べるほどのもんじゃないが、これが根拠でないなら俺の存在意義はかなり怪しいことになる。
つまり俺たちがバットを支給されてないという点で、この説を俺は気に入っている。誰かにそれを説いたことはない。とはいえレスキュー・チームの誰もが野球説を内心馬鹿にしているだろうことは想像に難くない。

なんにせよ、いつどこから飛んでくるとも知れない何かから町民を守るべく、俺たちは走り込みを続ける。いつか近郊のフットボール・チームが練習試合を申し込んできたが断った。繰り返すが、俺たちはレスキュー・チームであって、フットボール・チームではない。

幸いなことに、その日俺たちはうってつけの物体に出くわす。黒ぶち模様の六角形から成るサッカーボールに。手持ち無沙汰、いや、足持ち無沙汰に耐えられずパス回しを始めてみてから違和感に気づく。ゴールがなければゲームにならない。第一俺たちはレスキュー・チームであって、フットボール・チームではないのだった。

都合よくゴールが飛来するなんてことはあるはずもなく、俺たちはいたずらにパス回しを続ける。

文字数:815

内容に関するアピール

本作は円城塔『オブ・ザ・ベースボール』へのオマージュである。物が飛来する町ファウルズ。見晴るかすはどこまでも続く人工芝の緑。語り部たちは町唯一のパブでパイントグラス片手に、無限に先延ばされたホイッスルを待つ。あるいはこれは、とうの昔に始まっていたアディショナル・タイムの続き。倦んだ日々に区切りを与えるのはただ、断続的にスプリンクラーがつくる虹それのみ。その日語り部たちはボールを得るが、ゴールなきフットボールは永遠のパス回しを強いる。ミシェル・セールに曰く、ラグビーやサッカーにおけるボールは「準-客体」である。奪い合われる客体であるところのボールは、同時にゲーム全体を組織する主体の位置も占める。ゴールのカタルシスを欠いたゲームは、単に奪い合われるボールの「純-客体」としての位置を明らかにするだろう。

文字数:353

課題提出者一覧