エイリアンには秘密

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梗 概

エイリアンには秘密

人格をデータ化することで電脳空間を住処とし、自らをデータとして送信することで、自在に恒星間旅行を行う知的生命体。
その生命体のひとりであるアルファは、ある任務のために地球に送信されるが機械の不調によるデータの欠損のために記憶の大半を失ってしまう。
なんとか地球のコンピューターの中に居場所を見つけたアルファは、ゲーム会社の社長、山上カオルとの交信に成功。カオルによって娯楽のための電子機器(ゲーム機)の存在を知り、地球のゲーマーたちと友好的な関係を築く。
やがてアルファは、自分たちの世界の方向に向けられた地球外知的生命体探査用の電波発信装置の存在を知る。その電波の影響でアルファたちの世界のデリケートな電子機器にに乱れが生じ、データ送信に支障が出ていたのだ。アルファは科学者たちに地球外生命体である自分の存在を明かし、それを証明するために電波が止まって記憶のデータが届いたら自分たちの技術を教えることを提案。交渉は成立し、欠損していた記憶を手に入れたアルファは、自分の任務が地球人の殲滅であったことを思い出すのだった。
アルファは自分の世界の首脳陣を説得しようと試みるが地球人を危険視する首脳の命令は覆らない。一方、地球人たちはアルファたちの技術によって作られた電子機器の性能と人格をデータ化する技術に驚いていた。
自分の世界と地球の板挟みになって悩むアルファに、カオルはアルファの故郷の技術を使って電脳空間に巨大なゲーム世界を作ることを提案する。そして地球壊滅を主張する首脳陣を騙しておびき寄せ、その世界の中に閉じ込める。電子的に作られたフィクション世界の存在を知らない首脳陣は、ゲーム世界を本物の世界と思い込んでゲーム内の地球を攻撃する。
こうして地球では実在するエイリアンとゲーマーたちとの熱い戦いが繰り広げられることになる。もっともゲームのリセット機能についてはエイリアンには秘密にしてあるが。
そしてゲーム世界で容赦なく敵を倒す地球人(彼らから見たエイリアン)を目にしたアルファは、内心密かに地球人の人格データ化について思い巡らすのだった。

文字数:869

内容に関するアピール

先頃、HMDによる仮想現実を体験する機会があり、これはもう少し出力機が改良されたら完全に仮想世界と現実世界の区別がつかなくなるのではないかな、と思いました。
物語に出て来るエイリアンは、最初から電脳空間に住んでいます。よってHMDは必要ありません。そんな彼らに地球の仮想空間を体験してもらったら、きっと現実だと思い込むのではないでしょうか?
もうひとつ、どんな人にもその人なりの正義はあり、争いが生じるのはむしろその正義がすれ違うことが原因だという考えです。この物語に出てくるエイリアンたちにとっては、好戦的な地球人の殲滅こそが正義です。
地球上で争いが耐えないのは、もしかして地球がひとつなのがいけないのかも知れません。みんなが別々の世界を持っていれば、みんなが別々に幸せになれる???
そんな逆説をお楽しみ頂ければと思います。

文字数:361

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エイリアンには秘密

彼は目を覚ました。目的地に着いたようだ。頭がはっきりしないのは、データ量が少ないからだ。これまでも何度も経験している〈旅〉と同じ。
ここがどこかは分かっていた。地球という星だ。彼は仕事でそこにやって来た。彼の名前はアルファ。これは任務に振られたコードネーム。そして、任務の内容は……。
そこまで考えて、アルファは自分が任務の内容を失念していることに気づいた。よくあることだ。任務内容に関する記憶は、次の通信で届くのだろう。
彼は待った。待ち続けた。だいぶ長い時間、待った。何か変だと気づく。そして母星に連絡を送った。……送ろうとした。できなかった。こんなことは初めてだった。
彼は困惑し、不安になった。
(私はいる……しかし、何のために?)

「……ちょう」
(誰かが俺を呼んでいる……)
「社長!」
山上は目を開けた。どうやらパソコンの前に突っ伏して爆睡していたようだ。
「起きて下さいよ。社長」
目を開けると、見慣れた部下の顔があった。
「ああ、遠藤か」
山上は椅子に座ったまま大きく伸びをした。
(妙な夢を見た)
仕事をしていたらパソコンの画面に突然、閃光が走る夢だ。機械が爆発したかと思って反射的に両腕で顔を覆い……気がついたら遠藤に肩を揺すられていたのだ。
「出来たんですか?」
「あー、なんとか。俺は朝飯買って来るから、その間にテスト頼むわ。」
立ち上がって社長室を出る。そういうと偉そうだが1LDKのマンションの一室を事務所にした小さなゲーム製作会社だ。オフィスは小さな台所のついたリビングダイニングに机を並べただけのもの。社長室はその奥の6畳ほどの広さの部屋で、そこに山上の机と椅子と仮眠用のマットレスが置いてある。
「僕にコーヒーとミックスサンド買って来て下さーい」
玄関を出て行こうとする山上に、遠藤が奥から叫ぶ。
「へいへい、分かったよ」
(社員のパシリでコーヒーを買いに行く社長って、オシャンティー?)
「んなわけねーよな!」
セルフツッコミがため息と共に口を出た。「オシャンティー」は、遠藤の口癖だ。「マジでオシャンティーな企画ッス」とか「今朝のオレは、寝癖がオシャンティー」とか。(何を言っているのか分からない)とりあえず遠藤の目から見た自分が「オシャンティー」じゃないことだけは確かなようだ。一度、外出から帰ったら仕事中の遠藤が「メッタボンボンボンッ♪」と歌っていて、山上が部屋に入ると慌てて歌うのを止めたから、あれはきっと山上の悪口だったのだろう。
20分後。山上は朝食とデザートのメロンパンとエクレア、ポテトチップで膨らんだ袋を手に会社に戻って来た。遠藤がディスプレイの前で困惑の表情を浮かべている。
「どうした?」
「開けないんス」
パソコンの画面には「ファイルを開いています」の表示が出たままだ。そんなに大きなサイズのファイルではないはずなのに。
「おかしいな……」
つぶやいたとき、ようやく表示が変わって画面に「らぶらぶキューピッド学園 パート2」とタイトルが現れた。
「あ、行けた!」
(ファイルの不調だろうか?)
そういえば今朝は夢見が悪かったっけ。
遠藤は手慣れた様子でゲームを進め、やがて画面にはツインテールの女子高校生が頬を赤らめながら弁当箱を差し出すアニメーションと「べ、べつにあんたのためにお弁当つくったわけじゃないんだからね!」という吹き出しが表示された。
選択肢。
〈1.受け取る 2.断る〉
遠藤が〈1.受け取る〉を選択する。選択された文字列が正常に反転し、画面が切り替わった。真っ黒な画面。
「え?!」
暗闇に、白っぽい何かが映った。モンスターの顔のような……。
(違う。ここで表示されるのは恥じらう女子高校生のアップのはずだ)
「なんスか、これ? なんで途中からホラーゲームになってるんスか? 社長、こんなサプライズは……」」
言いかけて、そこで止まる。画面のモンスターが明らかにこちらを見ているのに気づいたのだ。
「お前は誰だ?」
モンスターが喋った。まだ音声は入れていないはずなのに。
「あんたこそ、誰?」
遠藤が能天気な調子でモンスターに話しかける。
「私はアルファ。ここは地球か?」
遠藤が振り返った。
「社長、パート2はSFで行くんスか?」
「いや、これは俺が作ったんじゃない」
「じゃあ、なんスかこれ? つーか、この声優さん誰ですか?」
「俺も知らん! ちょっとソースを見てみろ」
遠藤がプログラム画面を開く。
「椅子、替われ」
山上は、自分の椅子から遠藤を追い出すと、画面に並ぶ数字とアルファベットを凝視した。
「なんじゃこりゃ?」
「こんなコード、見たことないっスね」
いつの間にか事務椅子になぜか前後反対に腰掛けた遠藤が、ズリズリとそのまま歩いて来て隣にいる。
「俺もだ。ともかく直さないと」
山上はプログラムのコピーを作り、その要らないコードを削除した新しいファイルを作成した。テストすると今度は問題なく動く。
(何だったんだろう?)
だが、そんなことに関わっている暇はなかった。プログラムを完成させ、声優のスケジュールを調整してスタジオを予約し、パッケージのデザイナーとも打ち合わせをしなくてはならない。零細企業の社長は忙しいのだ。

1カ月後。山上は大手通販サイトのランキングをぼんやりと眺めていた。次の仕事である「ぱちっとモンキーズ」のクライアントに打ち合わせをドタキャンされ、急に時間が空いたのだ。「らぶらぶキューピッド学園 パート2」の売り上げはまずまずで、これなら事務所の家賃も問題なく
支払えそうだ。
山上は、引き出しに放り込んだままだった外付けのハードディスクを取り出した。部屋の隅に置いてある古いパソコンの電源を繋ぐ。通信ケーブルが一切繋がっていないスタンドアローンのマシンだ。そいつにディスクを繋ぐと保存しておいたファイルを開いた。あの変なコードを削除する前のオリジナルのファイルだ。ソースを開く。見れば見るほどわけの分からないコードが並んでいた。
(そもそもどういう言語で組んであるんだ、これは?)
首をひねりつつ画面をスクロールしようとして、マウスの操作が効かないことに気づいた。キーボードを叩くが結果は同じ。エスケープ・キーを押しても受け付けない。
画面が真っ暗になり、あの白い顔が現れた。
「お前は地球人だな。私はアルファ。地球に送られた来たのだが、データが不足して記憶が不完全なのだ」
明らかに自分に話しかけている。
「データが不足?」
思わず聞き返した。
「そうだ」
スピーカーから聞こえて来る音声は、山上の知っているどの声優の声でもなかった。

アルファと名乗ったそいつは、地球から十数光年離れた惑星に生まれた生命体なのだという。彼らは文明を築き、科学を発達させ、人工知能を開発し、それを進化させて行った。
「だが、やがて我らは我ら自身の手によって造られたものの進化に追い抜かれる脅威に直面することとなった。そこで我らは自らを電子化することを思いついたのだ。生身の肉体を捨てたことにより、我らは飛躍的な進化と永遠の生命を手に入れることが出来た。さらに自らを電波として送信すれば、移動の時間も光速で済む。良いことづくめだ」
光速での移動を可能にした彼らは、当然の成り行きとして宇宙にその活動の場を広げて行ったのだという。
「……そして我らは気付いたのだ。宇宙には友好も文化も理解せぬ、ならずものどもがいることを。そして我らの正義の心は、我らに宇宙の警察となる道を選ばせたのだ」
アルファは、その星から何かの任務を帯びて地球にやって来たのだが、データの送信の際に生じたトラブルのために記憶が不完全なものとなり、肝心の任務の内容が思い出せなくなってしまったのだという。
(こんな話を信じろと?)
だが、他の説明が思い浮かばない。
(コンピューターウィルス? 仮にアルファがAIだとして、これほど高度なAIを開発した奴が、わざわざこんな零細ゲーム会社を狙う理由が分からない。不特定多数を狙ったものなら、こんな特殊なウィルスの情報がネットに全く上がっていないというのは、あり得ないし……)
社長室のドアがいきなり開いた。山上は椅子の上で跳び上がり、次の瞬間、相手を認めた。
「おい、遠藤!」
山上は童顔の丸顔に精一杯の怒りの表情を浮かべると、壁に貼った張り紙の文字〈今月の目標:社長室のドアはノックをしてから開ける〉を指差したが、遠藤は小声で「テヘペロ」と言っただけだった。
「お前、日曜日には会社を休む主義だったんじゃないのか?」
「3Dゴーグルのセットを買ったんで、社長に見せびらかしに来ました」
遠藤は、電気屋の紙袋を掲げて見せる。そしてその場でパッケージを開け始めた。
「やあ、エンドウ」
と、モニターの中からアルファが言った。遠藤が危うく手に持った箱を取り落としかける。
(ザマアミロ!)
と、山上は内心密かにほくそ笑んだ。
(さあ、驚け、怯えろ、震え慄け!)
だが、遠藤の顔に広がったのは、歓喜の笑顔だった。
「すっげぇ、オシャンティー! 社長、俺もこいつと遊んでいいスか?」
「私はアルファだ」
エイリアンが名乗る。
「うんうん、アルファだ。この前も会ったよね……」
親しげに語り合う〈2人〉を前に、山上は居心地の悪い思いで椅子を軋ませる。
(なぜ、あんなに簡単になじむ? 相手はエイリアンだぞ!)
ぶつぶつ言っていたらスマホが鳴った。今朝のドタキャンの相手からだった。用事が思ったより早く片付いたのでこれから会えないかという連絡だ。普段ならこんな二転三転するスケジュール変更はあまり嬉しくないのだが今回は特別だ。山上はいそいそと部屋を出て行った。
「ぱちっとモンキーズ」の打ち合わせ後、山上は飲みの誘いを断り相手を珍しがらせた。何だか嫌な予感がしたのだ。急ぎ足で会社に戻る。事務所のドアを開けると女の子が立っていた。20代ぐらい? ブスではないが地味な感じの娘だ。
「やばいよ、メタボンボンが帰って来た」
たぶん囁いたつもりなのだろうが、まる聞こえだ。
「遠藤、お前はいつも俺をそういう風に呼んでいるのか? てゆーか、この娘は誰だ? 部外者を勝手に会社に入れちゃ……」
「ダイジョーブ! ミサキちゃんは俺の彼女だから」
「ただの友達です!」
〈ミサキちゃん〉が即座に訂正する。
「ただの友達だから、ダイジョーブ!」
どっちにしても、ぜんぜん大丈夫じゃない。
「遠藤、お前なあ、会社ってものを……」
言いかけた山上を遠藤が遮る。
「アルファのデータが不完全なわけを、ミサキちゃんが教えてくれたんス」
「は?」
「私、都内の大学で天文学を専攻してるんですけど……」
歯切れの良い話し方をする娘だった。なんとなく苦手なタイプ。恐る恐る遠藤に聞いてみる。
「おい、彼女、アタマ良い人?」
「さあ? 中学の部活では一緒だったけど」
質問の答えになっていない。
「……それで、天文学関係の掲示板で知り合ったアメリカの研究者から、地球外知的生命体探査研究の一環として造られた電波発信装置のことを聞いたんです。アルファが地球に来る時に使った目的地点の空間座標から、三次元の座標軸がそれぞれゼロになる点を割り出して、そこをアルファの故郷の星だと推測すると……ええと、ここまでの話、理解して頂けました?」
「大丈夫です。たぶん」
と、山上。
「いいよ! すっげえ、オシャンティー」
と、遠藤。
ミサキは軽くため息をついてから先を続けた。
「そこで、電波発生装置の方向を確認したら、まさにアルファの故郷の星の方角を向いていたわけです。ここから導き出せる仮説は……」
「装置から発せられた強い電波が、私のデータが送信されるのを妨害をしているということなのだな」
言ったのは、アルファだった。
「その通り!」
ミサキが嬉しそうに笑う。笑うと意外に可愛いかった。
「じゃあ、その装置を止めてもらえばいいんだ。簡単じゃん」
遠藤が言う。
「バカか、お前は!」
ミサキと山上は、同時に叫んだ。簡単なわけがない。まずミサキがアメリカの研究者にコンタクトを取り、地球外知的生命体探査研究を行っている団体を紹介してもらうまでに2ヶ月かかった。そこからさらに団体に連絡を入れる。
それから後はもっと大変だった。研究団体が電波を止めることに難色を示したのだ。地球外生命体【ルビ:エイリアン】をとコンタクトするための機械が、他ならぬその地球外生命体【ルビ:エイリアン】の地球来訪の妨げになっているという事実を説明したのだが、なかなか信じてはもらえない。それはそうだ。アルファを目の前で見ている山上でさえ、まだ半信半疑なのだ。そんなことを海の向こうの研究者に納得させるのは至難の技である。
交渉を続ける間、ミサキは当たり前のような顔で山上の会社に出入りして、ときどき仕事も手伝ってくれたりもして、やがて山上とも会話を交わすようになった。
もっとも、
「悪いねえ、手伝ってもらっちゃって」
「バイト代は月末にまとめて請求しますから」
という色気のない会話ではあったが。
それでも若い女の子と会話ができるのが、山上にとってかなり嬉しいことだったというのが情けない。
ある日、山上が昼食から戻ってくると、遠藤が例のゴーグルを装着して遊んでいた。山上に肩を叩かれてようやく気がついたものの、少しも悪びれず、
「社長、このゲーム、ちょっといじってみたんス」
「俺には普通の『ファンタジック・フォース3』に見えるが?」
「ファンタジック・フォース」シリーズは、主人公とサポート・キャラから成るチームが協力してモンスターを倒す3DのファンタジーRPGだ。
「サポート・キャラにアルファのデータを埋め込んだんです」
「え?」
「ちょっとやってみますか?」
遠藤は、主人公キャラの設定を変えて、やや太めの外見のものを選ぶ。山上は釈然としないまま渡されたヘッドフォン付きゴーグルとグローブを着けた。砂漠の場面のようで、遠くに村らしきものが見える。顔を横に向けてサポート・キャラの顔を確認したとき、山上は叫びそうになった。アルファがそこに立っていたのだ。
「私と君が同じ世界にいるのは、やや奇妙だが嬉しいものだ」
握手を求められ、グローブをした手で握り返す。
「この世界は荒れている」
と、アルファは顔を曇らせた。
「村人を救わねばならない。地球は常にこのような魔物に脅かされているのか?」
「いや、これはゲームだから」
「ゲーム?」
「つまり、その、フィクションなんだ。嘘のお話の中で冒険を楽しむ遊びなんだ」
「楽しむために、魔物に苦しめられるのか?」
「でも、自分がヒーローになれたら楽しいだろう?」
「しかし、村人たちは苦しんでいた」
「あれは嘘なんだ。本当はいないんだよ、村人たちは。それに魔物もいない。この世界で実在するのは俺だけ。いや、俺とあんただけだ」
アルファは、まだ考え込んでいるようだったが、山上にはそれより上手い説明はできなかった。山上は黙ってゴーグルを外すと仕事に戻った。
その日の夕方。
「君の言ったゲームというものが、私にも理解できたようだ」
と、アルファが言った。
「そりゃよかった。ミサキちゃんにでも説明してもらったのか?」
「いや、ネットで調べた」
コーヒーを吹いた。
「その端末は、ネットに接続はしていないはず……」
「君のスマートフォンをルーターとして使わせてもらったのだ」
そうだった。アルファの能力があれば、通信ケーブルに接続していないことなど何の意味もない。
「お陰で世界中のゲーマーと交流ができた。ただ、残念なことに、私は重いそうだ」
「重い?」
思わず自分の腹を見る。
「データ量が多すぎて、通信に時間がかかるという意味だ」
もちろんそっちの意味だということは分かっているが、なぜか同じ悩みを共有しているような気分になる。
「思うに……」
と、アルファは言った。
「機械の性能が悪いのだろう。君たちの技術は我らの技術と比べて遥かに劣っている」
「その通りだけど……」
光の速度で宇宙を旅する種族と比べれば当たり前のことなのだが、山上の郷土愛というか、なんかそんなようなものが少し疼いた。
「その通りよ!」
ミサキの声だ。なんだこの力強く喜びに満ちた声は。
(ダメだ。やっぱり俺はこの娘と気が合わない)
「アメリカの研究所の連中に、アルファの技術を見せてやるのよ! そうすれば彼らにもアルファがエイリアンだってことを納得させられるはずだわ!」
「オシャンティー!」
と、遠藤が叫んだ。こいつの安定のバカぶりに、なぜか心が和む。
「やってみる価値はあるな」
アルファも同意した。そして、やってみたようだ。
その結果、ミサキは日米合同プロジェクトとしての超スーパー・コンピューターの製作に関わることとなって、アメリカと日本を往復する忙しい日々を送ることになった。防衛庁の人というのが一度会社に来て、アルファと話をして帰って行った。しかし山上自身には直接これといったことが起こったわけでもない。
ゲームの発注を受けてはプログラムを組む平凡で忙しい日々が流れていく。このところ遠藤はアルファに習った新しいプログラム言語をに夢中になって、仕事をサボリがちになっていた。代わりに仕事を手伝ってくれていたのが、なんとアルファ自身だった。
「問題が発生した」
そのアルファが浮かない表情で、山上に言ったのは「ぱちっとモンキーズ」の追い込み作業で忙しい時期だった。
「どんな問題だ? 納期に響くような問題か?」
「仕事のことではない。実は私のデータ送信失敗に、母星の仲間たちはすぐに気づいていたようなのだ」
「あ、そう。うーん、このモンキー、なんかネズミっぽいんだよなあ」
山上はイラストレーターの送ってきたパッケージのイラストをチェックしながら適当に相槌を打った。
「仲間たちは直ちに対策をとった。母星から1光年ほど離れた転送ステーションにデータを移送し、再送信を行ったそうだ。つまり、ついさっき私は完全な記憶を取り戻すことができたのだ」
「そりゃ、良かったじゃん!」
山上はようやくパソコンの画面から顔を上げた。
「それが、あまり良くないのだ。私は自分の任務が、地球人の殲滅であったことを思い出したのだから」
「は?」
「間もなく、仲間たちが地球へ来るそうだ」
「来る? エイリアンが?」
「ああ、私の同僚たちだ」
「それって、エイリアンが地球を襲撃しに来るってこと?」
すっとんきょうな声がした。なぜか遠藤、こういう話には耳ざとい。
「大変だ。ミサキちゃんに知らせなきゃ!」
遠藤がスマホに手を伸ばす。
「むしろ自衛隊とかに知らせるべきことなんじゃないか?」
「ミサキちゃん、すぐ来るって」
こいつは、人の話をまったく聞いてない。

「地球の軍隊がアルファの仲間と戦うなんて、文明のレベルが違い過ぎて戦車を竹槍で迎え撃つようなことになるわ」
やってきたミサキは、山上から話を聞くと開口一番にそう言った。
「その通りだ」
と、アルファ。
「そもそも、なぜ、あななたちは私たちを殲滅しなければならないの?」
「地球人は、科学技術の発達と精神の発達が著しくアンバランスだからだ。君らの言葉で言うと『馬鹿に鉄砲』という状態にある。これは危険な状態だと見なされる」
「でも、それを私たちに話すということは、あなたの意見は違うのね、アルファ?」
「私が見たところ、地球人は我らより個性の幅が広い。思うに調査のサンプルに使ったのが危険な個体であったために、君たちは実際より危険な生命体として認識されてしまったのだろう」
「それは……」
「もちろん私も説明したが、今朝、返って来た返事がこれだ」
短いメッセージのような音声がパソコンから再生される。
「どういう意味なの?」
「安全第一」
「つまり?」
「少しでも危険があるものは、排除しろということだ」
「なんとか話し合いで解決できないものかしら」
「仲間たちは地球人を滅ぼしたい。地球人は滅びたくない。意見が合うはずはないな」
「社長、どうしましょう?」
「いきなり俺に振るなよ。俺はただのゲーム屋さんなんだから」
「人類滅亡の危機にゲーム屋のできることって、いったい何なんですかねえ?」
遠藤が哲学的につぶやく。
「いや、特に何もないと思うが?」
ミサキの携帯が鳴った。
「大学からメールだわ。例のスーパー・コンピューターの試作機のテストに立ち会えって。いま手が離せないって返信しておきます」
「試作機ができたんだ。どれぐらいのスペックがあるんだろう?」
つい聞いてしまうのは山上の職業病だ。
「さあ? 地球を丸ごとデータ化できるレベルだと聞いてますけど、私は専門じゃないんで」
「え? こないだ見せられたやつだろ? こんなにちっちゃい」
遠藤が親指と人差し指の間を広げて見せる。
「地球丸ごとが手のひらサイズ。ゲーム機メーカーが欲しがるだろうな」
と、山上。
「スーパーコンピューターをゲーム機に使う気ですか?」
ミサキが呆れた声を出す。
「しかし人類の危機を救うには、良いアイデアかもしれないぞ」
「は?」
3人は同時に声の主を振り返り、画面の中で笑う白い顔を凝視した。

長い時空の旅が終わり、彼らは目を覚ました。目的地に着いたようだ。先に来た仲間が、すでに彼らを待っていた。
「アルファ」
名を呼ぶと、すぐに応答があった。
「よく来たな仲間たちよ。ここが地球だ。予定通り殲滅するつもりか?」
「予定通りだ。直ちに任務を遂行する」
そして彼らは言葉通りに行動した。地球上のあらゆるコンピューターが乗っ取られ、ミサイルの発射装置のスイッチが入れられた。いくたびか強烈な光が閃き、地表が炎に包まれる。
「これで全滅したはずだ」
エイリアンたちは満足げに頷く。
「自らが滅ぶような武器を作る愚か者は、自らの武器で滅ぶのが正しい運命というものだ。すなわち正義だ」
「成果を確認しよう」
同僚に導かれて地上に降り立つ。周囲を見回して、全てが破壊されてることを確認。
次の瞬間!
「攻撃された!」
マシンガンのような武器だった。廃墟の陰に何者かが潜んでいるのが見えた。
「まさか、まだ生き残りがいるのか?」
「大丈夫だ。我らにも武器がある」
アルファが銃を配る。
「こ、これは?」
「さあ、反撃を開始しよう。地球ではこれは日常的なことなのだ」
言い終わるいとまもなく、銃撃戦が開始された。

「『エイリアン・ガンバトル』の参加者は、すごい人数だな」
山上は画面に表示された数字を眺めながら言った。
「自宅警備員が地球を守るために戦ってるなんて、最高にオシャンティーっスね!」
「でも、いつかエイリアンたちにもこれがゲーム上の地球だってことがバレるんじゃないかしら」
ミサキが不安げに言う。
「その点は考えてある」
アルファは言った。仲間たちが地球人を殲滅すべき存在と認識したのは、地球人の中にある一定の割合で本当に危険な個体が存在しているからだった。仲間たちがこの小細工に気づく前に、そうした個体を全て取り除いてしまえば、その時には名実ともに地球人=この惑星に住むエイリアンたちは安全な存在となり、殲滅命令は解除されるはずだ。結果的に私は地球人と全宇宙の両方を救うことになる。
(これこそが正義!)
アルファは、ひとり頷いた。
「考えてるって?」
と、尋ねようとするミサキを遮って話題を変える。
「そんなことより、仲間たちは不死身の人類にかなり手こずっているようだな」
「ライフがゼロになったらリセットして簡単に復活できる初心者にも優しい仕様だからな。おっと、これは君の仲間のエイリアンには秘密だよ」
山上が子供のような笑顔で言う。
「ああ、もちろんだ」
と、アルファは微笑み返す。
「エイリアンには秘密にしておいた方が良いことがあるものだ」

文字数:9491

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