喜怒哀楽は意味をもたない

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梗 概

喜怒哀楽は意味をもたない

古い倉庫の解体に立ち会っていたシファーズに、部下が言う。
「警備長は昔この倉庫に閉じ込められて死にかけたって聞きました。運命的な話だよって所長が」
倉庫が崩れていくのを遠目に見ながら、あの時俺は諦めたんだと部下に聞こえないように呟いた。

この星は、かつて生体ログ保存デバイスに使用する貴重金属が産出され、採掘しデバイスを製作する施設と生体ログを分析保存する研究施設が両立して活気があった。が、生体ログの保存についての考え方の変化と共に貴重金属を使用しないデバイスが主流となり、シファーズが生まれた頃には往時の勢いは失った研究施設だけが残るだけで貧しくなっていた。シファーズはいつかこの星から出てやると考えていたが、十歳のとき、事故で両親を失い、施設に下働きとして雇用さることになり、ここで働いてしまえば縛りつけられてしまうと焦燥感にかられていた。
二年たち下働きにも慣れた頃、シファーズは大きな地震のせいで、施設から少し離れた場所にある廃材保管倉庫にひとり閉じ込められていた。入ってきた入口は外に置いてあった機材が倒れて塞がれしまった。日が落ちれば防寒具なしに過ごすことは無理な場所だ。通信も全て繋がらない。ここにいると気がついてもらう方法はと必死に考え、先ほど施設から運んだ物の中に百年は前に製造された生体ログ保存デバイスがあることに気がついた。デバイスは今も動く。このぐらい古いものなら、施設の使用している通信ではなく、今は研究用の衛星通信に直接アクセスしようとする可能性がある。

かつて、人類が宇宙に進出し始めた頃、今は形だけとなった宇宙政府は機能しており、これから各惑星で違う文明が発展するならば、細やかに記録すべきという考えが主流となった。プライバシーに配慮した上で、常時の生体ログと視覚音声情報の保存をし、リアルタイムに解析機器に送信される環境が整えられ、そのためのデバイスの着用を義務づけられた。しかしすぐに反対・悪用する者が現れ、紛争が起き、宇宙政府は力を失い、死後もしくは任意の時期の提出が推奨されるとトーンダウンされていった。
この端末はまだ提出義務があった頃のものだ。以前、古いデバイスの廃棄手順を教わった際に「古いデバイスは今はアクセスが禁止されている通信を使用しようとして問題になることがあるから気をつけてね」と教えられた、やってはいけないやり方を思い出し、気がついてくれと祈るような気持ちで実行する。

施設の職員たちは研究の内容や意義を説明してくれてはいたが、シファーズは自分に関係あることとは思えなかった。
「今助けてくれるなら、意味もあるけど」
寒さで眠ってしまいそうだったため、デバイスに保存されたデータを見ることにした。持ち主の人生がざっとは追える。最初のトピックは購入直後。シファーズと変わらない年の友人同士がお互いの両親にねだって同じ機種を買ってもらったようだった。デバイスの持ち主の名前はオム。友達はルードラ。隣に住んでいたようだ。次のトピックはルードラの引っ越しだ。親が心配する程オムはショックを受けていた。シファーズは同情する。
「これは物語じゃないから。持ち主の喜怒哀楽に浸っては駄目、意味がない」
そう職員の声が聞こえそうな気がしたが、やはり彼らの感情が気になり、シファーズはデータを見続ける。
彼らは別れに際して、大人になったら会おうと約束し、双方のデバイスに十年後のその日に双方の現在地の中間地点で会えるように通知する登録をしていた。
引っ越し後しばらくして、ルードラの方のデバイスのリアルタイム通信が全て遮断されて全ての連絡が絶たれた。次の大きなトピックは十年後の約束の時だ。ルードラのデバイスはほんの短期間のみ通信を可としたようで、双方の中間地点を示す通知がきた。約束の日、ルードラはやってきた。陰鬱な顔をして左腕は機械化されていた。迷惑になるとは思ったけど、ずっと約束が心のよすがだった。許して欲しい。そう言うルードラに、オムはただ昔を懐かしみ、今は文化人類学を勉強していることを話した。短い時間でルードラは席を立つ。良ければリマインドを。同じ年月同じ条件で。ずるい言い方をするならば私に希望を。そう言い残した。十年後ルードラは通知された場所に来なかった。その次の十年の時には若い男がやってきた。ボスはもう約束を果たすことはできませんと、昔一緒に買ったデバイスを差し出した。あなたが文化人類学を勉強してると聞いて、記録だけはずっと取っていたそうです。変わったものが見れますよ。すぐに公表は勘弁してほしいですけどね。死んでしまうので。そう笑って若い男は去った。以降もオムの人生は続き平均寿命程度には生きて死んだ。
確認し終わった頃にはすっかり日は落ちて、シファーズは寒さで半ば意識を失っていた。
職員の誰何の声が倉庫に響いた。職員は施設にあったもう一つのルードラのデバイスが中間地の案内と面会の約束を伝える通知を発しているのを見て、シファーズがここにいることに気がついたのだ。
「初代の導きだよ。それ初代所長のデバイスだったんだ。死後五十年経ったら解析に回してくれって。もうこれは運命だよ!」
「そういう感情的なの駄目だって言ってたじゃないですか。意味ないって」
弱々しい声をなんとか絞り出したシファーズに職員は毛布をかけて医療班を呼ぶ。
「駄目だけど。意味はないけど。でも、君が無事で良かった」
寒さと安堵で気を失いそうな中、意味はないかと思う。でもきっとここから逃げることは自分にはできないのだなとシファーズはどこか優しく思った。

文字数:2276

内容に関するアピール

一つの場所で、他人の日記を読みつつ回想するパターンの話です。

話が整理されていなく分かりにくいといつも言われるので補足すると、施設が使用している通信は地震の影響で全て遮断されている。予備通信もあるが、あくまで予備なので通信範囲は施設内のみで倉庫までは届かない。通信が落ちるぐらいなので、暖房や空気循環も危うく施設内は大変なことになっていた(が、復旧はちゃんとした)。
古いデバイスは通信規格が違う。宇宙政府は争いで弱体化して力を失い、大規模予算等はもう動かない。昔予算をきちんと使い、大量のデータを扱う予定だった通信は強かった。という話でした。
物語上の現在では、生体ログの保存デバイスは常に記録はしているが、記録する以上の機能は持たなくなっています。かつては色々便利機能がついていた。

文化人類学とは違う気もするのですが、他に適切かつ分かりやすい言い方も思いつかなかったので。

文字数:385

課題提出者一覧