海へ還るとき

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梗 概

海へ還るとき

YouTubeライブでのJAXAの緊急記者会見。全世界が見守る中、JAXA有人宇宙技術部門長のA氏その他が登場。報道陣から多くのフラッシュ。白い布をかけた長机の所定位置まで来ると、司会の広報部長であるB氏が演台から報道陣へのあいさつと登壇者の紹介をし、一同は会釈の上で着席する。

A氏が口を開く。「昨夜19時30分ごろ、JAXA職員C氏と称するツイッターアカウントにて、JAXA有人宇宙技術部門から流出したと思われる書類の写しが掲載されているとの内部報告を受け、流出したとされる書類を広報部がインターネット上で確認、関係部署間でも確認をしたところ、それがJAXAから流出した書類の一部であることを、確認いたしました。」JAXA側が流出元であることを認めた瞬間、会場は大きくどよめく。

「書類の内容は」とA氏は言った後、会見を見渡し、「――書類の内容は、おおむね事実との認識です。つまり、書類に記載されているように、人類以外の知的生命体が存在しており、人類と共存しているということ。他の人類とは見分けがつかないこと。それ以外は、すべてがまだ不明の状況です。」

A氏の会見読み上げ文が続く。

流出元の職員C氏の動機は不明で現在社内調査中。知的生命体(仮にDと呼ぶ)の存在はすでにNASAやESA(欧州宇宙機関)に情報共有済み。どのように知的生命体の存在を知りえたかについては、NASAその他との協議、確認事項であるため、回答は差し控えるとのこと。

続いて記者との質疑応答。

流出元の職員C氏についての質問。JAXA側が回答を差し控える。多くの質問が出るが、調査中、及び回答は差し控えるとの一点張り。

ほとんどの質問について調査中、及び回答は差し控えると回答するものの、なぜ、書類が本物であることや、Dの存在について認めるなどの発表をしたのかとの質問については、それがDの意思であり、NASAを始めとした関係諸機関との協議の上で、本日の情報公開が適切であると判断したためとのこと。

なぜ適切なのかについて、JAXA側は現時点ではこれ以上の回答を差し控えるとのこと。ここで複数の記者から同様の質問について、人類社会全体の期待と不安に応えるためにも、JAXAは回答すべしとの質疑と要求が繰り返される。

しばらくして司会のB氏が演台からマイクを通して、「それはみなさんではなく、今後は我々がこの天体の管理をすることになるからです」と言った。会見場はいったん鎮まり、カメラもB氏を映す。C氏はその後、何事もなかったかのようにふるまい、周りから自分が注目を集めていることに戸惑っている様子。悲鳴や驚きの声が上がる。登壇者も含めて一同は騒然。

騒ぎが収まらない中、A氏がいったん会見を中止して立ち去ろうとすると、それをとがめ、制止しようとする記者らとの言い合いになる。すると一人の記者が演台に近づき、マイクに向かって言う。

「ご覧のように、みなさんは争いやすい。とても多くの面で、我々に比べて不十分です。」

すると会場からひとりの記者が演台にいる記者に対して質問をする。「あなたは、誰ですか?」

演台にいる記者が答える。「人類以外の知的生命体と呼ばれる存在です。我々はいわゆるあなた方とは違った物理的方式で存在しています。我々の多くの仲間は普段、みなさんがクジラと呼ぶ生物です。」

演台にいる記者改め、クジラと名乗る知的生命体Dは、JAXAに代わって、記者の質問にすべて答えていく。

今まで数億年にわたって表に出てこなかったのは地球の支配をするより静かに生活していたかったため。海底の世界について人類がいままで知り得たことなどあまりにわずかであること。クジラだけでなく人間として生きていくこともできること。正確には人間の肉体に宿りその肉体をコントロールすると、宿主になった人間の意識は夢を見ているような状態になるだけで、Dが去れば司会者のB氏のように何事もなかったかのように意識を取り戻す、その間、クジラとしては夢を見ているなど。さまざまな質問に回答していく。

地球の管理方針について質問が及ぶと、「人類を海に還します」と言う。太古の昔、地上を捨てて海に帰った彼ら、クジラのように、人類もまた、地上を捨てて海に還るときだと言う。

YouTubeライブは放送予定時間を延長して、まだまだ記者からDへの質問は終わりそうにない。ライブ放送を見ていた主人公のC氏は米国政府特別機の機内にいる。窓外には雲海が見える。その下には日没間近の大海原が輝き、広がっていた。

文字数:1851

内容に関するアピール

記者会見場でのワンシチュエーション。登壇者ら、司会、記者、視聴者など、さまざまな関係者で織りなされる半ば密室劇。記者会見とはかなり、脚本ありきで即興がつきものの演劇のようだと思ってます。ワンシチュエーションとして見せ場も多いはず。いつか地球外(人類以外でもよい)知的生命体の存在が確認された、との政府発表がなされる日が来るとしたら。どれほど会場も視聴者も戸惑い、驚き、荒れるのか、いろいろと想像してみたいと思います。とつぜんクジラが出てきたのは、実際に知的生命体が語ることは、かほどに唐突で、意味不明だろうと思ったことと、人類を実は超えている存在として、生物としての大先輩、クジラを選んでみました。太古感が好きです。

文字数:308

課題提出者一覧