今日は変換日だ。いっぱいある地球のわたし同士がシャッフルされる日。こことは少し違う道を歩んだ、たくさんの世界の全ての人がいっせいに入れ替わる。だいたい四年に一度で、わたしは三回目だけど、覚えているのは前回ぐらいだ。
　前回のコミュニティはやってらんないぐらい貧しくて、今の世界でご飯が三回も食べられた時は泣きそうなぐらいうれしかった。次もお腹いっぱい食べられるといい。
　でも今はご飯よりはるちゃんだ。わたしとはるちゃんは「恋人」なのだ。こういう気持ちを好きとか愛してると呼ばれていたこともはるちゃんが教えてくれた。はるちゃんは優しくて真面目でとても賢い。大好き。
「ねえアナンシャ。変換日ができる前って、好き同士が希望して二人だけの新しいコミュニティを作れたんだよ。家族って名前」
「二人しかいないコミュニティ？」人数が多すぎるのは統制が取れなくなって良くないけど、さすがに少なすぎて生産力が足りないような。たまにやるみたいに、他のコミュニティと上手く連携すればいいのかもしれないけど、上手くいくわけないよね、そんなの。でも二人コミュニティなら、一緒に寝て起きて、はるちゃんとだけ協力して作業して勉強して、あとは見つめ合ってご飯。「え、めちゃくちゃ良くない？」
　意地悪なキャシーもおやつを多めに持っていくカリーマも、うるさい年嵩のペアレンツ達もいない。すべてがはるちゃんと二人。絶対に楽しい。
「前にいたコミュニティはそういう世界を復権させようって運動をしているところだった。常に言い争いや暴力があって本当に大変だった」
　今日のはるちゃんは変換日に興奮しているのかよくしゃべる。いつもは前にいたコミュニティのことはあまり話したがらない。よほど辛かったのだろう。大抵のところは男女が会うことはほぼないけど、そこは一緒に暮らしていたらしくそれも嫌だったらしい。
「はるちゃんはわたしと家族になるの嫌？」
「それは素敵」
「良かった」
「そうやって笑ってくれるアナンシャが好き」
　ゆっくり手を伸ばしてはるちゃんの手を取った。ひんやりしていて大福みたいにしっとりと優しい手触り。
「別れるの嫌」
「うん。変換された先にも私はきっといるよ」
「……それは今のはるちゃんじゃない」
　困らせるかなと思いながらも言ってしまったけど、はるちゃんは優しく手を握り返して微笑んでくれた。
「大丈夫。私は私だから、アナンシャが笑ってくれたらすぐ好きになる。私は私。世界が変わっても確固たる同一性を維持できると信じて変換が決まったこの世界を私も信頼してる。変換されることで生まれた場所による不平等も解消されるこの世界が好き。私達は世界を愛し、この一生を過ごすコミュニティの発展を、世界のレベルを引き上げることに尽力する義務がある。私は私を誇りに思うためにも今日、変換日を受け入れる」
　宣誓のような言葉の終わりと同時に、ぽんと放送開始を告げる音がスピーカーから響く。全住民は集会室へ集合せよと続いた。手を繋いだまま、ゆっくり部屋を出た。
　私は私、とはるちゃんは言う。そういうはるちゃんが好き。
　わたしもわたし。どんな世界でもはるちゃんが好き。それは信じていい。だから不安になることなんてない。わたしも世界を信頼する。

変換が終わった。手にぬくもりがあった。期待して隣を見ればカリーマだった。振り払うようにして手を離された。
　はるちゃんはどこだろう。周囲を見回すと違和感がある。
「あんただれ」
　カリーマが後ずさる。
「誰って」掠れた低い声が出た「アナンシャだよ」
　嘘でしょと悲鳴のような声が返された。カリーマとは身長差はなかったのに見下ろしている。発育に差があるのだろうか。優秀者だけ食事の量が多いコミュニティもあるらしい。いや、ご飯のことは今はいい。大切なのははるちゃんだ。カリーマの隣の隣にはるちゃんがいた。目が合う。いつもの優しい気持ちではなく、爆破するような気分になる。ぽんと放送開始の音がする。
「皆さん、第二十九分帯にようこそ。こちらはレギュラーが大きくなりやすい区域です」
　はるちゃんの後ろに大きな窓があった。妙に背の高い人が映っている。はるちゃんは飛び掛かられるのを警戒するかのようにゆっくり後に下がってゆく。
「そして、ここは全世界でも珍しい男女混合コミュニティです」
「はるちゃん」不安が声にのってしまった。化け物じみた気持ちが腹の底から侵食してくる。「はるちゃん、わたし、わたし、アナンシャ」
　震える手を差し出したら、戸惑ってはいたけれど、握手をするみたいにそっと手を伸ばしてくれた。
　大福みたいな手に触れて好きって言いたい。でも、手を取ると、きっと握りつぶして食べてしまう。好きがどんどん濁って変質していくのが自分でもわかる。絞りだすようにして笑顔を作る。はるちゃんに好きになってもらうために。
　はるちゃんは、救護係のような使命に満ちた目をしている。
　ああ、くそ、助けろ世界。わたしは世界を信じている。