もぐもぐごっくん

印刷

もぐもぐごっくん

「それ」は普段どおりゆったりと宇宙空間を身一つで移動していた。だいたい腹を空かせていた。この種族にありがちなことだ。
 動きを止めた。岩石や恒星系といった、見慣れたものではない物体を見つけた。「それ」と比べてかなり小さい、微少と表現してもいい金属の塊だ。食料になりそうにはない。無視しようと思った。しかし、構造に何らかの意図を感じた。よく調べてみると、生命体や恒星系場所の情報などを搭載していた他にもいろいろあったが、「それ」の興味を引くものではなかった。
 食糧が係わっていそうだ。
 「それ」の種族に取ってはおおごとである。運良く、自分の今の位置からも比較的近いようだ。いつもの速度で、腹が空ききる前にたどり着くだろう。食糧になる可能性もなくはない。動きだそうとして止まった。食糧になるかもしれないものを見つけておいて同朋に知らせなかったとあっては、後々まずいことになるかもしれない。「それ」は、可能性は低いが、と前置きを付けた上で情報を発信しておいた。
 構造物をばらばらにしたままで、「それ」は動き始めた。食糧にならないならば、どうでもいいのだ。

 有人宇宙センターは、その日平和だった。ある者は筋力トレーニングに励み、ある者はシフトどおりその業務に就いている。スペースデブリ監視等の施設の異状を示すものはオールグリーン、様々なミッションも順調に進んでいる。アメリカ国籍のクルーが、日本国籍のクルーの限定フレーバーグレインバーを盗み食いして怒りを買っていたぐらいのものだ。ある意味、日本国籍クルーが怒りをあらわにしているのが珍事と言えよう。
 警告音と共に、それらの雰囲気が消え、一瞬で緊張感に取って代わった。
「なんだ、おい」
「何かはよく分かりませんが、月ぐらいの大きさのものが複数こちらに向かっています」「月ぐらいの大きさって、おい」
 スペースセンター長の顔色が見る間に変わっていく。地球の軌道、潮汐、ぶつかった時の被害。ことが大きすぎて思考が空回りする。
「……総員、非常態勢につけ」
定型の言葉を口に出して、センター長は自分を落ち着かせた。
「大体の接触日時を割り出せ。地上センターに報告する」
報告してどうする。対策は間に合うのか。そもそも、この事態に対策などあるのか。
頭に浮かぶ様々なことどもを、センター長は無理に押し殺した。

「それ」の同朋は、珍しく複数近くにいた。現在腹が満ちているものなどいない。意思疎通もせず、「それ」が目指した座標に向かっていた。
 あの物体が示していたらしき恒星系を見つけた。流石に皆が喜びの思念を共有する。可能な限りの早さで「それ」は第3惑星にめがけて進んだ。
 第4惑星や、第3惑星の衛星にも食糧はあった。僅かなものだが、皆で思考エネルギーを放つものを食べた。なかなかの珍味である。本当に腹が減っていれば味など見ている余裕はないが、今回は割合近くに多量にあったので、「それ」も味わうことが出来た。
 途中、小さな天然でない衛星にもエネルギーを見つけ、それも忘れずに食べた。
  第3惑星である。皆は一斉に、エネルギーだけ吸い取る手間はせずにがぶりといった。生命体以外のエネルギーもあったので、それも口にした。やはり思考エネルギーに比べれば劣るが、悪くはない。
 やがて第3惑星があった場所には、くずだけが漂うようになった。皆が「それ」に感謝してくれた。やはり食糧は分け合うべきだ。
 いい食糧だった。美味しかったし、そこそこ高めの知性も持っていた。ちょっとしたもやもやを「それ」は感じたが、追及しないでおいた。
 自分達の種族にとっては、知性など食糧の重要性に比べれば誤差のようなものだ。 

文字数:1502

内容に関するアピール

 「それ」の消化器構造とか知りません。
 随分と以前の京都SFフェスティバルでの会話で出た
「腹減ったで宇宙をさまよう種族」「知性は誤差」と言うネタがもとですので、
どなたかの作品とかぶっていたら失礼しました。
ぽやっとした小品ですので、何も考えずに読んでいただければ幸いです。

文字数:135

課題提出者一覧