森の絵

印刷

森の絵

気配がしたのでアパートのドアを開けると置き配されている。
 いつもと同じだ。今回で何回目だろうか? 一抱えほどある平たい段ボール箱がドアの横の壁に無造作に立てかけて置かれている。発送伝票の宛先には間違いなく僕の名前が書いてある。送り主はいつものように空欄だ。僕は大きなため息をついてそれを部屋に入れる。重くはない。中に入っているのは、いつもと同じ手紙と一枚の絵だ。開けなくてもわかる。そう、いつもと同じだから。これで何度目だろうか?
 部屋に運んだ段ボール箱をしばらく見つめる。僕は再びため息をついて開梱する。そして、藁半紙のような紙に手書きの文字が並ぶ手紙を取り出した。そうだ、これで十回目だ。

やぁ~、久しぶりだね。元気でやってる?山本だよ。
 中学卒業して以来だから、十年ぶりだね。君のことを探してたんだよ。
 この『森の絵』を君に返そうと思ってね。
 俺は君の知ってる通り、中学卒業後は東京に引っ越して、今も東京だよ。君も引っ越したんだね。どうして、この住所が分かったのかって?
 中学のとき加藤っていただろ。彼に偶然会って君の事を聞いたら、この住所を教えてくれた。君がこれを読んでるってことは正しい住所だったんだね。
 同梱した『森の絵』覚えているだろ。中学二年のとき君が描いた絵だよ。頭の中の空想だけで絵を描く、っていう課題のときだったよね。美術の授業で描いたのは。
 君は絵が上手かった。この『森の絵』も、満月の光に照らされて鬱蒼と茂る木々、暗く長く続く森の中の道、木陰から顔を出している空想上の気味の悪い動物達。もの凄くリアルだよね。
 中学を卒業するとき、俺は君からこの絵を貰ったんだよ。覚えているよね。あの時は嬉しかった。ありがとう。
 でも、君に返すよ。
 この絵は、あまりにも上手過ぎて、なんて言ったらいいのかな、あ、そうそう、本物の森を招いてしまうんだよ。
 満月の夜、この絵がある部屋は、本当に森になる。
 夜中に目を覚ますと、ベッドごと森の中にいるんだ。信じられないだろうけれど、本当なんだよ。
 俺は何度も森の中で迷子になって、無気味な動物達に追い掛けられた。命を落としかけたこともある。
 だから、この絵は君に返すよ。俺はもう十分にこの森を堪能したからね。
 貰ったものだから、勝手に処分してもよかったかな?でも、君が好意でくれたんだから、それは悪いよね。やっぱり返すよ。
 今度、飲みに行こうじゃないか。懐かしい思い出話でもしよう。
 では……。      山本

この森の絵は僕の実家の物置で見つけたものだ。僕が描いたんじゃない。そして、この手紙にあるように、この絵がある部屋は、満月の夜に、本物の森になってしまう。気味が悪いので燃やそうとしても、火をつける度に風が吹いてきて火が消えてしまう。破り捨てても翌朝には元通りになっている。誰かに押し付けてしまおうと思い、電話帳から適当に選んで送りつけてみた。でも、僕は名前も住所も書いていないのに、数日後には戻ってきてしまう。いかにも僕と知り合いのようなもっともらしい手紙と一緒に。山本も加藤も、僕は知らない。一体誰なんだ。

今夜は満月だ。
 いつも満月の夜をねらったように送り返してくる。配達員を捕まえようとしたが走って逃げられた。貼られている発送伝票の運送会社に電話しても繋がらない。今回は監視カメラを設置してみた。しかし、なぜか画像が乱れて録画できなかった。
 今夜、またあの不気味な森を彷徨うのか。起きていようとしていても、ほんの一瞬でもウトウトすると、あの森に連れていかれてしまう。そのとき、携帯電話が着信した。
「今夜は満月ね。あの絵、戻ってきた?」サトミからだ。サトミだけはこの絵の存在を信じてくれた。
「ああ、いつもと同じだよ」
「今夜で十回目ね。どうする?」
「こないだ話したことをやってみようと思う。午前二時ごろきてくれ」
 あの絵が、森に連れて行くのは僕だけだ。満月の夜、サトミと一緒にこの部屋で寝ても森に行ってしまうのは僕だけだった。だから、僕が寝て森に行っている間にこの絵を処分することができれば、このループから抜け出せるかもしれない。サトミの提案だった。
 午前零時を過ぎて僕は眠った。いつもと同じ満月の月光を浴びながら僕は森にいた。さっそく三メートルはありそうな毛むくじゃらの腕が四本もあるゴリラみたいな生物が追いかけてきた。サトミ、頼む、絵を葬り去ってくれ。

僕は森の絵の中に取り込まれてしまったようだ。朝の時間になっても森から抜け出すことができない。ここは永遠に満月の夜の森だ。
 そして、僕は今になって気がついた。サトミも知らない人だった。 
 サトミ、山本、加藤、おまえら一体何者なんだ!
 この森から出してくれ!

文字数:1934

内容に関するアピール

ありえないもの、ありえないもの、ありえないもの、と頭の中で念仏のように唱えながら書きました。読んでいる間、不気味な森を一瞬でも想像してもらえるように念じながら書きました。

文字数:85

課題提出者一覧