カーニバル

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カーニバル

 さっきまで安いホテルの部屋の匂いしかしていなかったのに、その美しい人が入ってきた途端、部屋中に甘い香りが広がった。私も夫も緊張していた。夫は密かに興奮し、その興奮を私に気づかれないようにしていた。そして、私自身もまたその興奮を夫に感じさせないよう冷静を装った。美しい人は私たちに紙の契約書と証明書を見せた。この時代にタブレットではなく、紙の書類を使うのだ。私たちは契約書にサインをして、証明書の内容を確認した。そこには数時間前にいくつかの検査を受け、すべてがネガティブであったことを伝えていた。

 安いビジネスホテルの一室だった。とてもロマンティックとは言えない感じの。でも、エレベーターに乗り込んでボタンを押すとき、2階に結婚式用の教会があることを知った。こういうホテルでも結婚式ができるのか。結婚して3年経つけど、いまでも式を挙げなかったことを後悔している。せっかくだから、こういうホテルでいいから結婚式を挙げればよかったと思う。

 美しい人は武術の達人がなんの気負いもなく相手の間合いに入るように、すっと夫に近づきズボンのチャックを下ろした。そして、チャックから下着の中に手を入れ夫の性器に触れた。甘い香りの中に、夫の興奮の匂いが混ざり合っていった。私はじっとその様子を見つめた。緊張からか興奮からか少し震えていた。

 夫は抵抗するそぶりを少し見せたけど、あっという間にズボンと下着を脱がされ、下半身を露出させた。美しい人はあらわになった夫の性器を口に含んだ。夫は私に見られていることを気にして、やれやれ、困ったな、みたいな表情を無理してつくった。

 まさに違う生き物だ。性的な興奮と歓喜をもたらすために生まれた存在。美しい人は性器を口に含んだまま、身につけていたすべすべしたブルーのドレスをするりと脱いで床に落とし、下着も脱いだ。

 私はしばらくそのあらわになった美しいお尻に見惚れていた。お尻の揺れと夫の息づかいが呼応している。私が顔を上げると、夫は興奮した表情を見られたくないのか、両手で顔を覆った。そして、突然、あああと体を反らしびくんびくんと痙攣した。その様子は、悲しみ打ちひしがれて泣き叫ぶ人の姿のようだった。

 結婚して三年が経っていた。いつの頃からか、私たち夫婦はホテルでのこうした行為を何回も繰り返すようになっていた。最初はちょっと無理をして高級なホテルの部屋を予約した。でも、すぐにお金は足りなくなり、こうしたホテルを使うようになった。

 美しい人はゆっくり口を拭うと、今度は私の方を向いた。その人はとても自然にスカートの中に手を入れてきて、私の下着だけを脱がせた。私は少し、抵抗するふりをした。夫は下半身を露出したままベッドサイドの椅子にもたれかかり、私を見ている。スカートをめくられ、美しい人の硬くなった部分が私の中に入ってくる。私は声を絶対に上げたくなくて、左手で口を覆った。でも、美しい人はとても上手に私を導き、ついに我慢できずに声を上げてしまう。もう一度、上げてしまったら止めることはできなくなる。   

 この声は先祖から受け継いだ咆哮。この声に興奮し、集まる先祖たち。声がいたる所で上がり始める。その生殖の場はまさにカーニバルだ。

 私の身体が痙攣し始める。美しい人も痙攣し始める。そして、同時にぐったりと脱力する。私の子宮はその人の放った粘液で満たされている。その粘液の中で夫の精子が目を覚ます。

 美しい人は仕事を終えるとなにもなかったように下着を身につけ、ブルーのドレスを再び纏い、部屋から出ていった。私たち夫婦はベッドに横になったままぼうっとその姿を眺めた。あのブルーのドレスに触れてみたかったな、と私は少しだけ思った。

 お腹の中で、あの美しい人の粘液に包まれて動き出す夫の精子を想像する。美しい人の体内に入った夫の精子は特殊な粘液に包まれ動き出す。美しい人の持つ遺伝情報の一部と抗体の一部を夫の精子は譲り受ける。そして、美しい人の体を通り、私の中に入る。子宮の中で卵子に出会うべく泳ぎ出す。

「ねえ、もし、夫婦だけで交われる世界があったらどうする?」

「なにそれ? SFの世界?」

「ん〜、どうだろ。あり得ないこともない気がするけど」

「パートナー選びが難しくなるね」

「そうかしら?」

 いつの間にか人は羞恥心を持つようになった。交配はカーニバルではなく、個人的で隠微なものになった。いつの頃からか受精者を呼ぶにはお金がかかるようになった。お金のある人だけが子孫を残せる。

 夫はホテルの窓から外を眺めた。私たちの部屋からは向かいのレストランの暴力的な電飾看板しか見えない。青い光を受け、夫は青い顔をしていた。

 私は夫と二人きりで交わる姿を想像しようとするが、やっぱりできない。寝返りを打ちながら、お腹に手を当てる。どうか、可愛い赤ちゃんが私たち夫婦のもとにやってきますように。

文字数:1999

内容に関するアピール

SF創作講座に通っているのに、どういうわけか官能小説みたいな作品を書いてしまいました。やれやれ。

文字数:48

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