梗 概
私たちはヴェネツィアを見る
遠い未来、ヴェネツィア。その日、劇作家のジョーは馴染みのバーを訪れ、今作っている劇の構成をバーテンダーに話す。ジョーは、第4の壁を破る演出を好み、時にはジョー自体が演出家として劇に登場したりする。バーに来るたび、ジョーはいつも演劇の話を一方的に語るので、バーテンダーは慣れており、適当に相槌を打ちながら、ジョーの話を聞き流している。
演劇の話が一段落したところで、ジョーは最近自分が誰かに見られている感じがする、というよりもこれまで見られていたことを自覚するようになったと、バーテンダーに話す。いつもとは違うジョーの話題に、バーテンダーは興味を示す。ジョーは数年前、恋人のイザベラの浮気を疑い、彼女を強く束縛した時のエピソードを語る。結局、恋人はジョーと一切口を利かなくなり、しばらくして街を出ていった。これはジョーと恋人しか知らず、ジョーにとっては一生忘れたいし、他の誰にも知られたくないエピソードであるけれど、実はそれを喜んで見ている覗き魔が居たのではないか、とジョーは話す。そして、バーテンダーに似たようなことを感じたことはあるか、と尋ねる。
バーテンダーは両手を挙げて、敗北を宣言する。そして、隠れていたスタッフに指示をする。すると、バーや街並みに隠れていたスタッフや、住民を演じていたエキストラが解散し始め、バーテンダーはジョーにネタバラシをする。ヴェネツィアは水害により数年前最後の住民が出て行ってからは人が住んでおらず、それを番組制作会社が丸ごと貸切っていた。現在のヴェネツィアはジョーを主人公としたリアリティショー用の舞台で、数年前にジョーが劇団を作るため、この街を訪れた時からそれはずっと続いていた。リアリティショーが終わる条件は、ジョーが如何なる形でも、この街が偽物であると気付くことだった。
ところが、バーテンダーの話を聞いてもジョーが驚いた顔をしているので、バーテンダーは不審に思う。我々の負けだ、とバーテンダーが言うと、「我々」という言葉にジョーは不思議そうな顔をする。
「我々ってどういうことだ? 俺とお前は仲間だろ。同じページの上の人間だ」とジョーは言う。
ジョーの言っていた覗き魔とは、小説の読者のことだった。ジョーは読者に向かって話を始める。バーテンダーは、ジョーの言っていることが理解できず話についていけない。ジョーは二度と俺のプライバシーを覗かせないと言って黒い日傘を開く。以降、ジョーの台詞と思考はすべて黒塗りになる。物語の最後、ジョーは読者に向かって捨て台詞を吐く。
「■■■■■」
「えー、何のことやら分からないが、ジョーが読者?の方々に言いたいことがあるそうなので、私が代弁させていただきます。『お前たち、いい気になるな。お前たちを読んでいる奴がいないなんて、どうして言えるんだ?』だそうです」
バーテンダーの困惑した台詞で、物語は終わる。
文字数:1188
内容に関するアピール
登場人物が読者に語りかけたり、全てがお芝居だったりみたいな、いわゆる第4の壁を意識した物語が好きで、今回この物語を書きました。参考にしたのは、これまでの人生で出会った最高の本の1つである「紙の民」という小説と、映画「トゥルーマンショー」です。
物語の舞台をヴェネツィアにしたのは、昔旅行に行った時、「ヴェネツィアという街は美しく観光客には受けが良いけれど、水害や地盤沈下などのせいで生活するのが難しく、昼間は街で働いて、家は街の外にあるという人々も少なくない」とガイドさんに言われ、何だか街一つが大きなテーマパークか、劇場のようだと思い、今回の話の舞台に相応しいと思ったためです。
何故、作中の時代ではヴェネツィアが無人であることを何故ジョーが知らないのか、そもそも番組会社が街一つを借りられるのかといった梗概で書き切れなかった設定の穴は、実作で頑張って補完したいと思います。
文字数:388