新しい血縁の在り方
コラム<Various Bloodについて>
「Various Blood(以降VBと記載)」は5年前、アメリカの医療系現代アーティスト集団「ARTESTING」がホームページ上で販売を開始した試薬だ。この薬品は、初めは無色だが、人間の血液に触れると反応して色を変える。どのような色になるのかは個々人によって異なり、その基準についてはARTESTINGから以下の文章が出ているのみだ。
“Various Blood” is our new artwork that searches for and visualizes a particular part of gene. That isn’t something superficial, but deep structure. (翻訳:”VB “は、遺伝子の特定の部分を検索し、視覚化する私たちの新しい作品です。それは表面的なものではなく、深い構造なのです。)(引用元:ARTESTING HP 「What is “Various Blood” ?」)
販売開始後、複数のインフルエンサーに注目されたことでVBは急速に知名度を上げ、今ではほとんどのSNSユーザーが自身のプロフィールにVBの色を載せるようになっている。それ以来、公開しているVBの色から予想外の繋がりが発見される、という事態が俄かに起こっている。私の知人の例を紹介したい。彼はVBの色を通じて、あるイギリス人の女性と交流を持った。最初の頃は互いに自分の仕事や国について他愛のないことを話していたが、次第に自分たちが何故つながったのかということを話し始めるようになった。2人は定期的にビデオチャットを開いては、日本人とイギリス人の歴史的ルーツを繋げてみたり、互いの家族について教え合ったりした。ある日、父親が血友病の患者だと女性が打ち明け、それにまつわる父親のエピソードを話したところ、知人にも思い当たる症状があり、後日病院に検査を依頼した。検査の結果、なんと知人は本当に血友病を患っていたことが分かった。それからというもの2人は調査の情熱を血友病自体に向けるようになり、血友病の症状や、その歴史についても調べて互いに報告し合っている。そのせいか、最近、彼に会うたびにヨーロッパ王室と血友病の歴史や、HIVの悲劇などを聞かされている。
公開されたVBの色の利用法を巡る事例もある。先月、都内の名門バスケットボールクラブチームのトライアウトとして、自分の血液を混ぜたVBの提出が参加者に求められたというニュースが物議を醸した。トライアウトを実施した同チームのコーチは、NBA選手のSNSからVBの色データを収集して統計を取った結果、いくつかの色への偏りがあることに気づき、VBのトライアウトへの利用を考えたようだ。メディアは遺伝子による新しい差別として報道し、その後当事者のコーチがSNSに下記のコメントを投稿している。
「まず初めに、私の軽率な行動によりトライアウト参加者、保護者の方々、何よりもバスケットボールファンの方々を不快にさせてしまったことを謝罪いたします。しかし、事実として、同じ練習をしていても個々人で差が出てくる以上、とても残念なことですが、トライアウトではこれまでも間接的に参加者の先天的なポテンシャルが見られていたと言えます。勿論、VBの色が他のトライアウト結果すべてよりも評価されるべき要素だと考えていた訳ではありません。あくまで「従来のトライアウトでは優劣をつけ難い参加者の、合否を決める新しい指標」という目的で利用しました。しかし、その結果今回この様な事態を起こしてしまったことを深くお詫び申し上げます」
このコーチが報道前に公開したNBA選手の統計データを確認したところ──選手の国籍や人種を横断して──確かにVBの色に偏りがあった。実際のところ、NBA選手の平均身長は200cm前後であるそうだが、これは先天的な資質による偏りと言えるだろう。
VBがこのまま一過性のブームで終わる可能性はある。しかし、視覚化された遺伝的な繋がりというものは、今後私たちの世界に深く根を張り続けるだろう。VBがDNA鑑定と決定的に異なる点は、DNA鑑定が既にある(と考えられる)ルーツを裏付けするのに対して、VBは自分の可能性を主張して新しいルーツを作るという点だ。新しいルーツは好ましいものになるかもしれないが、望まぬ繋がりとなることもあり得る。そして、VBの色を共有するしないに関わらず、私たちの身体は遺伝子によって決定づけられている。願わくは、VBが人間を適材・不適材と単純に分ける道具ではなく、異なる場所や歴史の中で自分を捉えなおす切っ掛けであってほしい。何故なら、遺伝的な繋がりの視覚化によって様々な利害が生まれる中で、それは万人が平等に得られる幸福だと思うからだ。
文字数:1967
内容に関するアピール
この物語のテーマは「ルーツの拡大」です。私は血友病という遺伝性の疾患を患っているのですが、生まれてからこの病気と付き合い続けていると、自分が暮らしている文明がどのようにして今の形になったのか興味を持つように、血友病がどのような人々の身体を渡り歩いて私の元にたどり着いたのかということに興味を持つようになりました。そこで、遺伝による形質が、血縁や人種とは別のルーツとして捉える物語を作れないかと思いました。
また、前回の講習後の飲み会で、テッドチャンの「予期される未来」という小説が、フラッシュフィクションとして今回の課題に参考になることを示唆していただきました。この小説に登場する予言機のような、複雑な機能を持たない単独のガジェットによって、政治や慣習とは別の視点で自身のルーツを個々人が共有するようになったらどうなるか。これがVBという架空の試薬のアイデアに繋がりました。
文字数:386