朱い孔雀
おっちゃんとこに行ったらあかん。
みんながそう言うたびに、僕は店へと翔けてく。地面に並んでいるキラカードはかたぬきに成功してももらえへんことを僕だけ知ってる。どんだけうまくかたぬいても、おっちゃんはズレとんなしか絶対に言わん。それに怒って景品に石をなげた奴がおって、おっちゃんがキレた。立ち上がったおっちゃんを見たのはその時がはじめてで、風にめくれたシャツの隙間から鮮やかな朱色がのぞいた。
おっちゃんの傍らにはいつも水色のクーラーボックスが置いてある。
一回目は、店にはもう僕しかおらんかった。
真っ白なかんかん照りの日で、おっちゃんの肌だけが黒い染みのように見えた。飲みもんちょうだい。握りしめた百円玉をクーラーボックスの蓋のうえに置いた。喉がからからで、うまく話せへん。あっち行け、言うみたいに、おっちゃんがしっしと手をはらう。あきらめて百円玉をポケットにしまっている間に、蓋が開かれていた。
雪だった。
手を突っ込む。もちあげたら雪はさらさらと砂みたいに落ちた。
雪、初めて見たんか。
初めてじゃなかった。やけどおっちゃんが笑ってる顔は初めてやった。歯抜けの歯は雪とおなじくらい白くて、その向こうは夜みたいにまっくらでちびりそうになった。
どこから持ってきたん。
遠くや。
遠くってどこ。北海道か。
もっと、遠くや。
南極か。
もっともっと、遠くや。
そこからおっちゃんは来たんか。
おっちゃんがまた笑った。夜がおおきな口を開いた。
五時間目は国語で、朗読しながらちびりそうになった。
みんなに笑われた。同じところで、僕も思わずくしゃみをしたから。
二回目は、店には僕だけやなかった。孔雀もいた。僕のとなりに。いつもみたいに。
孔雀は孔雀たちの最後のいきのこりやった。ホテルで繁殖した孔雀たちは夜のあいだに森に逃げ出した。食べるもんがなくて、みんな死んだそうや。僕が産まれる、もっと前のはなし。おかあさんが生きてたころのはなし。
僕らの希求。それはひき合う孤独の力。
ほら、みてみ。
蓋が開かれた。吸い込まれるように僕と孔雀の首がのびた。
ソーラーモーター。それらは均等に底から敷き詰められて、窮屈そうにみえた。ひとつを選んで太陽にかざすと、手のうえで羽根みたいに震動する。
ここは暑すぎる。
おっちゃんのひとりごとにかさなる、とおくのかねの音。夕方のはずやのに、まだ朝みたいにあかるい。
太陽のちから。何も食べへん孔雀が生きてる秘密を僕だけ知ってる。
光合成。あの朱い羽根が、僕にもあればええのに。
三回目は、孔雀はおらんかった。
太陽がいちばん地球のちかくまで迫っていた。
僕のうしろをみんなが笑いながら追いぬいていく。
孔雀っていうんか。
それは、あだ名や。
あだ名って、なんや。
あだ名も知らんのか。
僕は笑う。
おっちゃんも笑う。
孔雀もここにおったらええのに。
クーラーボックスの中身は、石やった。おっちゃんはその中からひとつを選んで、蓋のうえにそっと置いた。僕もひとつ選んでそこに重ねる。石はどれもびっくりするぐらい軽くて、いまにも浮かびあがりそうやった。
なあ、孔雀。
おっちゃんから呼ばれて、僕は息がとまりそうになる。
これはロケット。太陽のちからで翔ぶ。
僕らは交互に石を重ねつづけた。重ねては崩れて、崩れては重ねた。
ロケットでどこに行くんや。
遠くまで。
遠くってどこ。沖縄か。
もっと、遠くまで。
北極か。
もっともっと、遠くまで。
そこへおっちゃんは帰るんか。僕もつれてって。羽根がないから翔ばれへん。
最後の石を僕は重ねようとした。そのとき、ロケットがふわっと浮きあがるのを、僕はたしかに見た。
だけど石が飛んできて、ロケットをこなごなに砕いた。とおくのわらい声。蜃気楼みたいにうすらぼんやりとした人影。おっちゃんが立ち上がって、なんかでかい声で叫んでる。鼓膜の震動が地面につたわって、立たれへん。おっちゃんがシャツを脱いだ。朱色の模様があらわになる。孔雀とおんなじ色した、目ん玉みたいな全身。めらめらと朱く燃えている。サイレンの音。回転する赤色灯のひかり。お巡りがおっちゃんを取り押さえた。
いくら待ってもおっちゃんは戻ってこんかった。
おっちゃんの店があった場所に血みたいに孔雀の羽根が散らばってた。森をさがしても、孔雀はおらんかった。
僕もつれてって。ここは寒すぎる。
なるべく高いとこをめざして、僕はうえへうえへ登った。できるだけ太陽に近づくために。朱い羽根を全身にまとって。
最後の石を太陽にかざす。したでみんなが僕を呼んでる。
そう、僕は孔雀。朱い孔雀。
もうおりといで!なにしてんの!
地球人たちの怒号に、僕は応答する。
ネリリし、キルルし、ハララしている、と。
そのとき、僕の身体がふわっと浮きあがった。羽毛みたいに。或いは、ロケットみたいに。太陽に向かって。
文字数:2000
内容に関するアピール
一ヶ月以上、ずっと風邪をひいている。今も声が出ない。子どもがもらってくる風邪を家族でわけあって、良くなったとおもったら、また新しい風邪をひく。慢性的な微熱に、あきらかに悪夢が増えた。むかしのゆめ。僕は大阪で生まれて、大阪で育った。へんなおっさんの露天で、へんなお菓子を買って食って、へんな色したゲロを吐いた。悪夢にあのおっさんが何度かでてきた。懐かしかった。雪(と思われるもの)が入ったクーラーボックスは、本当のはなし。あれはなんだったんだろう?シャブか?野生の孔雀も、本当のはなし。リゾートホテルから抜け出して、団地の公園で勝手に繁殖したらしい。その孔雀につつかれた傷痕が、僕の手首にはまだ残っている。ありえない物語。それは大阪でみた光景。ここから抜け出したくて、たまらなかった子供時代。懐かしい悪夢。体調もあり、今回はめっちゃ苦労しました。来週までに熱が下がりますように!
文字数:389