回転族の悲願

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梗 概

回転族の悲願

(遠心力で安定しないカメラ。スーツを着た男がマイクを持って喋っている)
「今日は巨大メリーゴーランド上から映像をお届けしております。どういうことかって? それは、これからのお楽しみです。さっそく登場いただきましょう、回転族の族長、オリアタさんです」
(麻のチュニックを着た小柄な男が映る。縫い付けられた布紐がひらひら揺れている)
「テレビの前の皆さん、こんにちは。私たちがこうして脚光を浴びるとは、大変感動しております」
「オリアタさん、本日はありがとうございます。早速ですが、回転族というのはどういった民族なんでしょうか」
「私たちは回転を重んじる民族です。車輪が開発されたことで戦車に繋がり、文明が加速的に発展していったというのが一般的な歴史だと聞いていますが、私たちは攻めではなく、守りに回転を用いました。食料が豊富で肥沃なジャングルでは、敵は人間ではなく獣だったのです。鼠たちの侵入を防ぐために、大きな独楽の上に穀物倉庫を作り、定期的に回したことが文化の発祥と伝えられています」
(遠心力に抗わず、体を傾けながらジェスチャーをするオリアタ。顎の開きも鉛直方向から若干ズレている)
「車輪の再発明ならぬ再発見と言うべきでしょうか。我々の文化とは全く違う道を歩んできたようです。文化人類学者がタヒチで彼らに初めて遭遇した際には、そのユニークな文化を見て、回転人homme circuitusという別人種として呼称したほどです。オリアタさん、文化についてもお伺いできますか」
「我々はとにかく回転です。洗礼、愛情表現、葬式といったライフイベントから、美的感覚、食事の祈りといった些細な出来事にも全て回転を伴います。回転して酔わないのかと貴方達はよく言いますが、私たちには酔っていることが通常で、酔っていないことが異常なのです」
(遠心力に耐えられず、よたよたと外に向かっていく回転族の老人が映る。それを横目で見て、体で隠すオリアタ)
「ただ、我々には長年の悩みがありました。動力です。しかし、現代のテクノロジーを知ってから、我々が求めていたのはこれだ、というものがありました。メリーゴーランドです」
(家が上下するメリーゴーランドの映像。赤ん坊の叫び声が中から聞こえる)
「なるほど、そこで市長に相談し、今回の村落兼遊園地が誕生したのですね」
(具合が悪くなってきたのか、強引に締めに入るインタビュアー)
「こちらの巨大メリーゴーランドがある遊園地は、明日オープンとのことです。皆様も回転族を一目見に来てはいかがでしょうか」

(スタジオに映像が戻る。アナウンサーが怪訝な顔をしている)
「先の映像では明日オープンと述べていましたが、延期になったと速報が入りました。老人と子供が回転に耐えられずに観覧車に居を移し、縦回転族を新たに自称、回転族との抗争が勃発したため、とのことです」

文字数:1175

内容に関するアピール

場所と時間のどちらを制限してワンシチュエーションにするか悩んだのですが、前者を固定することにしました。変な場所を設定して、変な小説を書きたかったからです。
夏祭り・樹海・迷宮・図書館・首都高なども考えたのですが、結果、視覚的に楽しいメリーゴーランドを舞台に据えました。
回転といったら、イリンクス。イリンクスといったら原始的社会。回転を突き詰めた民族がいたらどうなるかというアイデアにて、「これは遊びではないよね」というものを描いて排他的に「遊びとは何か」を浮かびあがらせようと試みています。
梗概では会話文多めにあっさりとまとめていますが、実作では遊具撤去に至るまでのニュースを継ぎ接ぎしたドキュメンタリー調にして、回転族のユニークな文化紹介を具体的に行い、また、梗概中でもほのかに匂わせている彼らのチャイルディッシュな残酷さを描こうと思っています。

文字数:373

課題提出者一覧