認知者の飛躍、あるいは校庭の缶蹴り

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認知者の飛躍、あるいは校庭の缶蹴り

ボイジャーのゴールデンレコードなるものが、とある星より打ち上げられてから約100太陽年後。「目的地まで残り3タイのため、コールドスリープを解除しました」という機械音声を聞き、モニモは目を覚ました。
スリープカプセルの蓋を開けて、上体を起こす。その体勢のまま、寝ぼけまなこでコクピットの外を眺めた。
滲んだ視界が徐々に像を結んでいき、出発時と変わっていないような宇宙空間を映す。
「また、嘘だったか」とモニモは思った。
「国際宇宙センター所属、外交特派員」と大層な肩書きが付いているけれど、就職してからはずっと、眼前に広がる、天の光を子供がレンズで集め、黒紙に穴を空けたかのような風景を眺めたのちに、母星へ帰還するのがもっぱらの彼の仕事だ。
心の虚無感と重ねて、視界の中でひときわ大きな光を見つめた。
「気のせいでなければ、青い……?」
スリープカプセルから飛び出し、操縦桿近くの望遠鏡を彼は覗いた。
「間違いない、惑星だ」
触手が歓喜でぶるぶると震えた。少なくとも、”青い星”らしき星は存在したのだ。

事の発端は、国際宇宙センターの実施した、別の銀河にもまたがる大規模な黄金のセンシングだった。
センシングの結果、独立して宇宙空間を移動する黄金が検知された。たまたま不思議に思ったセンサー技官が黄金を分析したところ、知的生命体の存在と所在を示す情報が記されており、その非常に大きな海洋面積から、彼らが住む星は”青い星”と呼ばれることとなった。経緯の偶然もさることながら、確率的には2^598個の惑星のうち、ただ一つの惑星のみが知的生命体が育つ環境とのことである。
そのあまりにも低い確率のため、政府も、職場の誰もが手の混んだイタズラだと考え、当然、モニモも嘘だと思っていた。しかし、知的生命体の可能性が大々とニュースで報道されたため、事実究明を行っているというポーズのためにモニモは派遣されることになった。「帰ってくる頃には世間の熱も冷めているだろうから」と派遣のオペレーションもまともに整えられていなかった。

はじめから諦めていたため、解析された情報がまとまっている資料に目を通さず、コールドスリープ解除も到着3タイ前に設定していた己をモニモは恨んだ。かえって効率が悪くなるような慌てぶりで、宇宙船のコンソールから資料にアクセスした。自分への甘さに由来する立派な性急さと怠惰を彼は持ち合わせていた。
数枚の画像データの中に、砂漠と川を映した”青い星”の衛星写真があった。これと一致する風景があれば、間違いなく”青い星”だろう。モニモは再び望遠鏡を覗き、一致する風景を探したところ、早々に見つかった。
「あの星に、我々以外の知的生命体が住んでいるのだ」
モニモの動悸は高まった。より深く知るために、他の資料も開いた。

認知するものは、本質的に傲慢である。
資料の中に、”青い星”に住む知的生命体らしき画像データがあった。
「大きな胴体に節ばった4本の触手が生えていて、しかも、奇妙に先別れてしているから、気持ちが悪いな。彼らは自在に触手を操れず、我々から見ると愚鈍に動くのだろう」
とモニモはごく自然に思った。

画像データのほか、音楽の録音データも記録されていた。
「音楽の良し悪しの分からない私だが、キンと高い可聴域ぎりぎりの音で、それぞれの音の変化は少なく、ほぼほぼ単一に聞こえる。この音を拾える鼓膜となると、彼らの体が小さいことが分かるな」
とモニモは考えた。
心を落ち着かせるためか、モニモは無意識に対象を矮小化していた。

外交特派員の仕事は、正式な外交官と政府に調査対象の惑星の情報を持ち帰ることと、現地の知的生命体との接触が避けられない場合は臨時のコミュニケーションを行うことである。
仮に調査中に出会ってしまったのなら、この鈍くて小さな人類に優しくしてやろうとモニモは決めた。

無事、宇宙船は”青い星”に着陸した。モニモは誰も見ていないのに、母星の代表者面をして地面に降り立った。その反面、目の前には荒野が広がり、人間どころか植物も見つからない。うんと気合を入れたものだから、少し気まずくなって、手元のセンサー類を弄っていると、急に影が差した。なんだか暗いと思った直後、モニモは宙に浮いていた。回転する視界で辛うじて、宇宙船で写真を見た存在が自分を蹴ったのだと、モニモは理解した。
彼は、「実物は随分大きく、機敏に動くのだな」と最期に思った。
 
「陽太、タッチ!」
「え?さっき缶蹴ったろ?」
「いや、まだあっちに立ってるじゃん」
“青い星”に住む陽太少年の足には、奇妙な形の空き缶を蹴った感触が残っていた。
彼は不思議に思ったが、すぐに良くあることかと受け入れ、本当の空き缶のもとへ鬼に連行された。
祖父母が急に消えるのも当たり前の世の中なのだ、空き缶の一つ二つ増えても、おかしくないだろう。

文字数:1970

内容に関するアピール

ありえないものを描くにあたり、メタ認知的に考えて「それをありえないと評価する私たちが最もありえない存在である」ということをテーマにしました。
このテーマから連想したネタは、うろ覚えですが、ウンベルコ・エーコの「醜の歴史」で引用されていた、
「逸脱は醜さと親しいので、宇宙人から見て地球人は醜いだろう」というエピソードです。
ネタを少し変形させればテーマを描き切れると判断し執筆した結果、我々が共感できるような人間的な主人公に、
しかし、人間とは異なる種族という前提を与え、読後に認知や評価という行為に違和感を与えんとする作品となりました。

本作はフラッシュ・フィクションのため字数に余裕がなく、開き直って「何故それが可能なのか?」という説明を廃し、
節々に露骨なアフォリズムを配置しました。間テクスト性や、文章のくどさに問題を感じなければ個人的な目標は達せたと考えておりますが、いかがでしょうか。

文字数:392

課題提出者一覧