ファットカットケーキ
サヤは体重計にそっと乗った。
六八。
しばらく体重計に乗ったままもっと小さい数字になるのを待つ……変わらない。
「おいデブはやくどけ。俺は歯を磨きたいんだ」
背後から弟の辛辣な声が聞こえてくる。
「いま私をデブと呼んだかチビスケ」
「聞こえてるならはやくどけ。巨体が邪魔だ」
「女子にデブっていう男がモテるなんて思わないことだ」
「デブ女がモテるなんて思わないことだ。覚悟しとけ」
何も言い返せず、せめて視線で殺してやろうと弟を思いきりにらみつけた。弟は全く意に介さない様子でサヤの肩越しに手を伸ばした。ホルダーから歯ブラシと見知らぬメーカーの歯磨き粉を手に取る。やや多すぎる量の歯磨き粉をブラシにつけてハシュハシュと磨きながら洗面所を出て行く。
運のいいやつめ。私の視線に殺人効果があればとっくのとうに死んでるくせに。
だが弟の言うことは真実だった。このままではまずい。痩せなくては。
決意を新たにしたところでスマホがメッセージを受信した。友人のハルナからだ。
『今週末、飲み会するよ。ユウセイくんとかも来るし。来るよね』
ユウセイくん。断れるわけがない。
『いく。ちなみにユウセイくんってちょっとぽっちゃり気味の女の子でも大丈夫だと思いますか。真剣な話です。茶化さずお返事ください』
『デブな子は嫌いじゃないけど恋愛対象にはならないって言ってたよ』
『茶化さないで!』
『茶化してない。ダイエットしなさい。いますぐ』
『十五キロ減を目指してがんばります』
『がんばらなくていい。結果を出しなさい』
今日は月曜日。土曜日までの五日間で十五キロ減。最高難度。
サヤはダイエット関連のネット広告を漁った。クスリ。サプリ。エクササイズ。痩身手術。体験者の成功事例はどれも効果がありそうで、どれもうさんくさかった。エクササイズは時間がないから外す。飲み会までだけでなく、できればずっと続けられるお手軽なものがいい。
目についた広告があった。
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――これまで色々なダイエット製品を試してきたんですけど痩せられませんでした。もうこういうのはやめようと思って最後に藁にもすがる思いでこのファットカットケーキを購入しました。そうしたら一週間で二〇キロも痩せたんです。ただケーキを好きなだけ食べただけなのに。こんな体験初めてです。同僚たちが痩せた私をみても誰だかわからなかったのが快感でした(笑)。(A子さん、二七歳)
※実際に当商品を使用した人の感想であり、効果・効能を保証するものではありません。
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土曜の夜、こんな経験は初めてというくらい最高に楽しい時間をサヤは過ごした。
ハルナは当初、サヤのことがわからなかった。相手がサヤだとわかると驚愕の表情を浮かべ、あろうことか「どうしたのサヤ、病気?」などと言ってきた。参加した他の友人らも驚きの反応をみせていた。ユウセイくんも同様で「すごく、その、ほっそりしたね」と戸惑った様子だった。
サヤは満足だった。ユウセイくんと次はふたりで会う約束もできた。
翌日は飲み過ぎが祟って一日中、家で過ごした。
迎えた月曜、洗面所の鏡には一週間前の自分が映っていた。それどころかさらに太っているように見える。
「嘘でしょ」
焦りつつ体重計を引っ張り出し、表示された数字を見て言葉を失う。
「おいデブはやくどけ。俺は歯を磨きたいんだ」
声はいつもよりずっと高い位置から落ちてくるように聞こえた。
振り返ると天井から人間の下半身が生えていた。いや、天井を突き抜けて人間が立っているのだ。弟の顔は見えない。天井内か二階のどちらにあるのかもわからなかった。
「チビスケ呼ばわりしていた弟に見下ろされるのはどんな気分だ」
弟が使っている歯磨き粉のパッケージにはデントプラスジャイアントと書かれていた。
「顔も見えてないくせによく言うよ」
こんな巨人、相手にしてられんと呟くとサヤはファットリミットを二粒、口に放り込んだ。
文字数:1998
内容に関するアピール
テーマ自体は通販商品という平凡なものです。扱われている商品はあえて「明らかに怪しい商品だろう」というものにしてコミカルな雰囲気を意識して書きました。
安易なオチがあると逆に物語が安っぽくなる、というのは承知の上でわかりやすい落とし方にしたかったところもあります。
読み終えて「いや、ないでしょ」と突っ込みが入る作品を目指したつもりです。
気楽に読んで頂けると助かります。
文字数:182