パンケーキを作りたかっただけかも

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パンケーキを作りたかっただけかも

 黄味子が転校してきてから、なんか異様に暑くて。私は毛深いし、半袖のシャツとか着たくなくて、去年は夏まで長袖のシャツを腕まくりして着ていたけど。
 黄味子は金髪をなびかせて、川に向かって裸足で走って、たった今水に入った。
「太陽からわたしが来たって言ったら、結城、びっくりする?」
「かぐや姫って月からでしょ」
「うーん、わたしの場合そこは太陽なんだよね」
 黄味子がスカートのすそを絞ると、ぼちゃぼちゃと水がしたたって、
「太陽はね、わたしのことが好きすぎるの」
 その夜は、黄味子の家でご飯を食べた。黄味子の両親は透けていて、身体の輪郭が燃えている感じ。無言で皿を置いたり、何も食べずに新聞を読んだりして、家の一部みたい。
 居間のテレビから、夏休みになってからの一週間で、気温が四十度を超えたって流れる。太陽が近づいてきているんだって。
「黄味子を追いかけてきたってこと」
「だったらこわ」
「てかなんで太陽に入れたの?」
「わたしの心臓は燃えない。太陽にいても燃えない。太陽はわたしを燃やしたいんだって」
「ふーん」
 黄味子のベッドに二人で並んで寝た。黄味子の目はほんわり光ってて、覗いてみてと言うから覗く。カラコン? 紫とか紺の砂がぐるぐる回って、銀河っぽい瞳。
黄味子はわたしの方に向き直って、目のフチをトントンと叩く。
「銀河を飼っているのよ」
 朝起きたら、黄味子は卵を産んでいた。鶏みたいのじゃなくて、ガシャポンみたいな透明の殻。太陽でも毎日それを産んで、光に変えていたんだって。
「爆発するかもだけど、止められないもんは止まんないからね」
 そう言って、部屋にガシャポンをそっと置いていく。
 今年は稲が育たない。毎日気温は上がり続けて、田んぼにいくら水を張っても干からびてしまうから。雨を降らすのは誰の仕事かって、全国の神主たちが雨ごいをし始めるけれど、一向にだめで。
 ばたばた人は倒れていくし、幻覚も見るようになってきたって、騒いでいる人もいる。食べ物がスーパーにも並ばなくなって。冷房をかけられる場所に人は集まっているらしい。
「月って水がいっぱいあるんだって。太陽が近づいていても、まだ残っているのかな」
「いわゆる月じゃなくて、私が見たのは、亀が口から吐き出す氷」
「なんのこと?」
「黄味子、はらへったー」
 しゃーないな、と黄味子は台所の包丁で腕を落としてアヒルに変えた。腕の切り口からは小さなひよこがポロポロと生まれていて、はちみつバターみたいな匂いがする。ほっといたらまた生えてくるらしく、わたしたちは黄味子で食いつないだ。
 いわゆる冬になっても高温は変わらなくて、顔に当たると痛い風が一日中吹くようになった。黄味子がはしゃいでいた川からも水がなくなって、やることもないので、学校があった場所にガシャポンを投げると大爆発が起きた。
「こんなガシャポン意味ないよ。太陽に渡してやれないし」
「産むのやめられたらいいんだけどもね」
 黄味子は、見た目は普通の女の子だけど、卵巣は背中の方にあるらしい。人間でいう肺の下あたりをさすって、
「ここにあるガシャポン生成器が取れたら、多分止まる」
「どうやって取りましょうかね」
「痛いの嫌だよ」
 黄味子のお尻の穴を見せてもらった。恥ずかしいかもしれないけどごめんって、顔を近づけたとたん、わたしはその穴に吸い込まれた。
 真っ暗なトンネルを抜けていった先は、遠い昔に見た砂浜。わたしの生まれた場所、月面だった。そこには白い髪のわたしが立っていて、月の砂を両手ですくっていた。
「もってきな」
 入れる瓶もないから、体に入れようと吸い込んでみる。むせると思ったけれどわたしの身体に入るとそれは、白濁としたものに変わっていくので問題なかった。
わたしに別れを告げて、来た道を戻るけれど、急にもよおして吐いてしまった。口からは小さな黄味子のひよこがいっぱい出てきて、落ちていく。身体の外に出てしまうと、ひよこはバターのように溶けて、一緒に吐き出された白い液と混ざり塊になった。塊は膨らんでいって、黄味子を圧迫していく。パンの焼ける良い匂いだなと思ったけれど、わたしもパンに押し出されて、黄味子のお尻からすぽんと飛び出した。
 目が覚めたとき、白い鳥がわたしを見ていた。わたしはそれが黄味子だとわかった。
「黄味子、はらへった」
 すると、黄味子は大きな背を向けて羽を広げた。わたしは黄味子の背によじ登って、落ちないように羽を掴んだ。ばさりばさりと羽音を立てて、黄味子は上昇する。
「太陽から黄味子はどうやってきたの」
 応えはなく、黄味子はしゃべれなくなったのだと分かった。
 黄味子は、地球を離れていく。地球はもう暑くなくなっていた。黄味子がカプセルを産まなくなったから、太陽は離れていったのかもしれない。
 月にたどり着いたわたしたちは、黄味子の産んだ卵とわたしの吐き出すもので、パンケーキを作って食べた。

文字数:2000

内容に関するアピール

あまりにも暑いので、太陽が近づいてきているのでは…と思わずにはいられなくなり、その流れで太陽を燃やすために生まれた存在がいたら面白いかも?と思って書きました。太陽が近づくというのは、まあ、ありえない事ですね。パンケーキや亀はなんとなく好きなモチーフです。よろしくお願いいたします。

文字数:140

課題提出者一覧