【研究報告】大豆島の自然と食事がもたらす、巨大建築物の認識能力に対する影響

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【研究報告】大豆島の自然と食事がもたらす、巨大建築物の認識能力に対する影響

 二日目の朝、露天風呂につかっていたヤマザキ君に私は声をかけた。

「ヤマザキ君、昨日もこのホテルの露天風呂に入ったよね?」

「昨日はフィールドワークで汗をかいてましたから、夕方にホテルに着いてすぐ入りました。先生も一緒でしたよね?」と彼は答えた。

「そうだ、研究や島について話しながら露天風呂に入ったんだよなぁ……」

「はい」

 風呂に肩まで浸かりながら、この島や露天風呂から見える風景に想いを馳せた。

 私たちは研究のために瀬戸内海の大豆島だいずしまに来ていた。目的はこの島の山間部にしか生えていないダイズシマグサの採集調査。大豆島は本土から船で30分ほどの場所にあり、カラっと乾いた気候が特徴で、それを生かしたレモンの栽培や素麺が有名だ。

 また、山の上にそびえ立つ巨大観音像も特徴的で、白く輝くその姿は50m以上もあり、ホテルの露天風呂からもよく見えた。まぁ、異様だけどこういうのは地方でたまにみるよね。そんな話を昨日もしていた。

「ヤマザキ君、質問していいかな?」

「いいですよ」

「あの観音様は、君にはどう見える?」

 彼は少し俯いたあと、山の頂上に視線を向けた。

「観音様は3体います。昨日から2体増えました」

「私もそう見える」

 瀬戸内海を行き交う船の汽笛と、お湯が湯船に注がれる音だけが響いた。

「ありえないな」

 

 翌日も観音像の数は増えていた。

 三日目の朝、私たちは浴場の前のロビーに集まった。

 私「4体」

 ヤマザキ「5体です」

 タナカ「1体でした〜」

 フィールドワークに同行していた女性のタナカさんにも訊ねた。

「タナカさん、ちなみに一日目と二日目は?」

「1体と2体でした〜」

「つまり、一日目(1,1,1)、二日目(3,3,2)、三日目(4,5,1)というわけか」

「何かと関連があるのでしょうか?」ヤマザキが質問した。

「あるよ。でも、まずは関係がない要因を排除しようか」

「まずは男女の浴場の違い、すなわち観測地点によるものだが、一日目に男女で数が一緒なので棄却される」

「また、観音様が移動して横並びになることで数が変わるという説も否定できる。同じ時間に同じ位置で見ても、私とヤマザキ君で数が違うからだ」

「それなら、何が原因で観音様の数が増えるのでしょうか?」タナカが質問した。

「いい質問だね、それに答えよう」

 ヤマザキとタナカは息をのんだ。

「ところでみんな、これまでホテルの夕食で素麺を何杯食べたかい?」

 彼らは目を丸くした。

 ヤマザキ「僕は一日目は3杯で、二日目は5杯です」

 タナカ「私は一日目はおかわりしたので2杯で、二日目は食欲なくて1杯でした」

「そして私は一日目に3杯、二日目は4杯だ」

 ヤマザキとタナカが指を折る手を止めた。

「そう、観音様は私たちが食べた素麺の数だけ増える」

「観音様自体が増えたわけじゃない、私たちの認識が変わっただけだ」

「つまり、これは幻覚。大豆島の名物、素麺によって引き起こされる幻覚だ。実際に観音様の数が増えているわけではない」

「だからフィールドワークは続ける。今日も予定どおり、朝9時から始めるよ」

「はい、解散」

 私は怪訝な表情を浮かべる彼らを無理やりエレベーターに押し込んで、部屋に戻した。

 

 三日目夕食。

 私たちは素麺を食べるのを控えた。

 夏バテもあって食欲が減っていたし、素麺を食べなかった場合の影響も確かめたかったからだ。その代わりにデザートのゼリーだけ食べることにした。大食いのヤマザキ君は文句を垂れていた。

 四日目朝。

 露天風呂から見える観音像は1体だけだった。雲一つない青空の下、観音像の体も青く染まり、夏風に揺れていた。

ぷるるんと、カップから出したプリンのように。

「ゼリーみたいだな」

「ゼリーですね」

 観音様は巨大観音ゼリーになっていた。

「確かめに行こう」

 私たち3人は観音像の立つ山に登り、実際に確認した。観音像はゼリーのようにぷるぷるしていて、触ると揺れ動いた。

「ゼリーだな」

「ゼリーですね」

「ゼリーだわ」

「視覚だけでなく触覚にも作用する幻覚なんて、あるんですねぇ」そういってヤマザキ君がこっちを見た。これは幻覚ではないんじゃないか、と言いたそうな目をしていた。

「まぁ地方ではよくあることだ」

「味はどうなんですか?」タナカが質問した。

 私は勢いよく観音像に頭を突っ込み、ゼリーのような部分を食べてみた。噛んでみると、確かにゼリーのような感触だった。

「瀬戸内レモン味だ」

 

 四日目夕食。

 ホテルで流し素麺大会が開かれていた。

「増殖する観音様なんてただの幻覚だから、気にしなくていい」と私は言ったが、彼らは1杯しか食べなかった。私は気にせず100杯食べてしまった。

 食べ終わった後すぐに眠くなってしまった。フィールドワークと食い過ぎのせいだ。

「もう寝よう」

 私は風呂にも入らず、ダイズシマグサの花粉がたっぷりついたままの衣服を着て、眠りについた。

文字数:1993

内容に関するアピール

 私は「ありえない」には大きく分けて3つあると考えました。一つは「存在しないものを存在させたとき」、二つ目はその逆で「存在しているものを存在させなくしたとき」、三つ目は「存在しているもののパラメーターが異常になるとき」です。これらの分類を用いて、巨大観音像が増えたり減ったりしたら面白いと思いこの作品を書きました。三つ目のは、その「ありえない」対象の違った側面を出すのに役立つのではないかと思い、巨大観音像をゼリーにしてみました。
また、揺るがない存在を対象にしたほうが「ありえない」と言ってしまうのではないかと思い、巨大観音像を対象にしました。

 今回のアイデアは、先月仕事で香川県の小豆島に出張していたときに思いつきました。小豆島には実際に巨大観音像が存在しています。宿泊したホテルの露天風呂からも見えるのですが、視力が悪い私には観音様が何体居るのかよくわかりませんでした。

文字数:387

課題提出者一覧