尾道さん

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尾道さん

教室がざわめいているのは、嘘発見ARアプリ「ホルス」がRC版を経て、ついにリリースされたからだという。ARグラスを持っていないから、その手の話題には疎い。馬鹿友の山田にとどまらず、今日に限ってクラスメイトからどうでもいい質問を浴びせられる。「お前付き合ってる人いるんか?」とか。普段はまず聞かれないから、意図がバレバレである。「いねーよ」と言った後、まじまじと見られ、そしてがっかりしたように去って行った。

それだけなら多少迷惑なだけでどうでもいい話だが、同じ頃に奇妙な噂が流れ始めた。このアプリを通している間だけ幽霊が見えるというのだ。RC版の頃から使っている山田によると、当初は単なる不具合かと思われており、何件も報告が上がっていたそうなのだ。修正したはずがリリース版では余計鮮明に見える様になってしまったという。
 噂というは「尾道さん」という幽霊の話だ。廃部となった旧文芸部室にいるという噂である。教師が言うには(教師が嘘発見アプリを使って何が悪いと開き直りつつ)、その生徒は3年前に在籍していた尾道佳代子という名前らしい。県外の大学に進学したが、特にそれ以降どうなったかは知らない、とのことだった。

尾道さんが話題に上がらない日はなく、今までARを使ったことがない奴もARグラスを使う様になるほどだ。俺も気になってARグラスを買うことにした。ちなみにコンタクト版もあるが、目に異物を入れるのだけは断固として拒否する主義である。
 ARグラスをセットアップし、「ホルス」をダウンロード、初期設定を済ませた。アプリの説明書きには「人の嘘の判別に際して、対象から放出される微弱な電磁波をセンサーで取得し、アプリのロジックに沿って光学変換したものを表します」とある。嘘の程度が緩い順に赤燈黄緑青藍紫と並ぶ。ここでは真っ赤な嘘とは、程度の緩い嘘になる。試しに家族で試してみると、適当な質問に対して色がぼんやりと変わっていくのが確かに面白い

旧文芸部室に行っていると、確かに絵に描いたような文学少女がいた。これが恐らく尾道さんだろう。見え方に特徴があり、ホログラフを再生しているような映り方をしているが、正規の仕様には見えない。色合いも赤みがかかっていたり青く見えたりと嘘の判定ロジックというより、誤作動めいている。誰かと対話している様子でもない。この日以降、尾道さんのことを考えることが増えた。人の日常の盗撮を眺めたような後ろめたさか、只単にあの大人しげな姿に惹かれたのか、どちらでもあるような気がする。

それからどんどん噂に尾鰭がつき始めた。尾道さんが大学の悪い先輩に弄ばれて自殺したとか、不倫の末に指されたとか好きなように言われ始め、尾道さんの人格よりもキャラクターで遊ばれていることに不快感がしてきた。
 猛烈に尾道さんが今現在何をしているかが気になり始めた。もし大学生なら、9月はまだ夏休みのはずで、実家に戻ってきているかもしれないと思い、尾道さんの元担任に掛け合ってみることにしたが、個人情報の開示になるので当然断られた。途方に暮れていると、山田には伝があるという。山田の姉が尾道さんの同級生なので何とかアポが取れそうだというのだ。俺は土下座する勢いで頼み込んだ。

尾道さんの家は、俺の家から見て高校の反対側にあった。伺ってみると、別に尾道さんは自殺したとか不倫の末の修羅場で刺されたとかそんな訳はなく、ごく普通の女子大生だった。ただし想像と激しく違って大学デビューに成功していて、南青山辺りにいそうな雰囲気だった。想像していた尾道さん像がいきなり乖離し、気が抜けたのかいきなり「付き合ってください」と言ってしまった。自分でも意味が分からなかった。「付き合ってる人がいるから」と即断られた。
 その件があってか、尾道さんからは面白い奴と認識された。尾道さんに高校で起きている件を伝えると「気になるのでちょっと見てみたい」と食いついてきて、二人で高校に行った。旧文芸部室に行くと、尾道さんは名残惜しそうにしてた。尾道さんは俺のARグラスを使って部室を見渡すと唖然としていた。
「何でこうくっきりと残るかなと」
 俺も「何で幽霊が見えるか」について多少考えてみた。というより、何故像が残るのか? という点で考えると、周囲に人がいないこと、毎日同じ行動を取っているからではないか、と。尾道さんは興味深そうに聞きながら、こう言った。
「この頃はこんな地味な生活から変わりたくてしょうがなかったな」と。

この件以来尾道さんとちょくちょくやり取りするようになった。ここ最近の変わり事というと、俺自身の幽霊が見えるようになったことだ。先に挙げた条件に強く該当しているとも言いがたい。
「何か変わりたくなった?」と聞かれると、どうせバレるので「多分そうです」と正直に答えるしかないが、幽霊の必要条件がそれなのかはまだ分からない。

文字数:1997

内容に関するアピール

元々ホラー界隈で活動していたということもあって、「幽霊」という題材ほどありふれていて、かつ説明困難な物はあまりありません。不可思議と言うより、このワードがあらわそうとする要素が複雑奇怪すぎるという問題があります。SF以前にそもそもホラーでも定義が不明瞭すぎる。「ありえない」とか、非科学的というより、そもそも「幽霊とは何か?」という素朴な疑問から筆を起こしてみました。

文字数:184

課題提出者一覧