「石とリンゴ」のゲーム

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梗 概

「石とリンゴ」のゲーム

彼は部室でセンパイとゲームをしている。もうずっと続けてきたゲームだ。古ぼけた本や古いすりきれた漫画、よくわからないガラクタが並んだ薄暗い部屋の真ん中にある安っぽい合板の折り畳みの長机。その上に広がる将棋とカードゲームとTRPGを混ぜ合わせたような盤面は長い年月の末、ついに終盤に入ろうとしていた。

 

彼が部室でセンパイにであったのは高校生の春の頃だった。慣れない校舎で道に迷った彼は道を聞こうとかすれて「部」という名前のみが残った扉を開ける。窓がなく、すべての壁が棚で囲われ、ランタン風の明かりに照らされた部室。そこで彼は初めてセンパイとゲーム「石とリンゴ」に出会った。乾燥しきった枯れ木のようなお茶をふるまわれながら、部室とセンパイの雰囲気に飲まれるままに「石とリンゴ」の最序盤、チュートリアルを始める。次第に彼は「石とリンゴ」にのめり込み始める。「今日はこのぐらいにしようか」パンと手を叩いたセンパイの声に彼はようやく我に帰る。用事を思い出し慌てて部室を出ようとする彼の背にセンパイは声をかける。「キミは必ずまたこの部屋にくる。だからそのときにまた続きをやろう」彼は外が真っ暗になっていることを想像して外に飛び出すが、外は入ったときと変わらず外は明るいままだった。時計を見るとせいぜい1、2分程度しか経っていなかった。不思議に思い、後ろのドアを開けるとそこにあったのは倉庫で部室は消えていた。

それから、部室はたびたび彼の人生の中でちょうどいいタイミングのときに現れるようになった。部室の中で彼はセンパイと他愛ない話をし、真剣な相談をし、茶を飲み、「石とリンゴ」をプレイした。ゲームをしていないとき、彼は部室を訪れる度にセンパイに様々なことを質問した。ほとんどの答えは「わからない」というものだったが、長い年月をかけいくつかのことがわかってきた。センパイは以前部室の主だった人物に勝ってそれ以来部室の主になったこと。それから何人かが部室を訪れ、センパイに挑戦し、負け去っていたこと。挑戦者は疲労や空腹を感じるが、主はそういったものがない代わりに挑戦者がいないときはほとんど眠っていること。そして、主は部室から外に出られないこと。センパイはそれらの話の代わりに外の話を聞きたがった。ニュースや技術を。一度歴史の教科書を持ってくることをお願いされ、センパイはそれを心底面白そうに読みふけった。センパイがいうのはそれは部室に入る前に知った世界と異なるのだという。「もしキミが勝って、わたしがこの部屋を出ていくとき、扉の向こうに広がっているのがどういう世界かわからないんだ。まあそれもキミがわたしに勝てたらの話だが」

彼が壮年に達した頃、ゲームはついに終盤に到達する。彼は部室の外にいるときは常に「石とリンゴ」のことを考えていた。そのことが勝負を五分五分に持ち込んでいた。そしてついにゲームは終わり、彼は勝利した。

彼の身体が若返っていく。部室に初めて足を踏み入れたあのときの身体に。扉の前に立つセンパイに彼は問う。もうこれでお別れなのかと。「もしキミが勝ち続け、わたしの前にこの扉が現れたらもしかしたらあるかもね」そういってセンパイは扉を開け、その向こう側に出て行った。そして彼は意識を失う。

誰かが扉を開く。彼の意識が覚醒し、彼にとっての最初の挑戦者を迎え入れる。

文字数:1376

内容に関するアピール

ワンシチュエーションの小説ということで、人生のあらゆる年代で部室が存在したらいいなという願望をもとに梗概を書きました。ゲームをテーマにしているのは、ワンシチュエーションという題に対して思い浮かんだミエヴェルの短編『蜂の皇太后』に多少の影響を受けている気はします。

 

バナナ型神話をイメージして「石とリンゴ」って名前を付けましたが、全然話がバナナ型神話じゃなくなってしまったので、ゲームの内容とゲームの名前についてはちょっと考えます。多分、センパイは外に対しての興味は残っているが、それ以上に「石とリンゴ」をプレイし続けたいという気持ちが強いので、ルールやシステムに関しては部室でしかプレイできないようなもににした方がいいのだろうとは思います。

 

文字数:319

課題提出者一覧