組み上がる寄生虫

印刷

組み上がる寄生虫

 彼はエアコンの効いた部屋の中で勉強をしていた。寄生虫学の教科書を気の乗らない要素でめくっている。腹に違和感があったが、明後日の試験のためにも寝ている訳にもいかなかった。
 BGM代わりにつけたテレビの中で有識者がしゃべっている。
 ――体内生成物に関する最も古い記録はカルケドンのヘロフィロスが記したものです。この記録自体はガレノスの著作における引用という形で現在に伝わっています。ヘロフィロスは大腸の近くにガラス玉と歯車を組み合わせた人工物を認め、これを解剖した相手が誤飲したものと判断したようです。その後、ヨーロッパではルネサンスになるまで、体内残置物に関する記録はほとんどありません。
 ――唯一の例外は各種の聖人の遺骸の奉遷記録です。要は教会を作るために聖人の遺骸が必要とされて、遺骸が多くあったイタリアで墓暴きをしてフランスやドイツに聖人の遺骸を持ってきたわけですね。代表的な記録としては『聖マルケリヌスとペトルスの移送と奇跡』があります。この記録には、アインハルトという人物が聖マルケリヌスの遺体ーいわゆる聖遺物ーを手に入れた過程が記されているのですが、その中にカタコンベにて腹から「聖書」が突き出た聖マルケリヌスの遺体を発見したという記述があります。ここで語られている「聖書」は今でも聖遺物が移送された聖マルケリヌス=ペトルス教会で見ることができますが、現代人から見るとそれはCPUなどに使われるフィン型のヒートシンクに似ていると言われています。
 彼は教科書をめくり、トキソプラズマに感染した中間宿主の行動変化に関する部分を読みながら、腹をさする。トキソプラズマに感染したネズミは警戒感が薄くなり、トキソプラズマの終端宿主であるネコに食べられやすくなる。
 ――対照的に日本においては皇族や貴族、仏僧などへの火葬が行われてきたので、体内生成物に関する記述は古くからいくつか見られます。例えば、鎌倉時代に書かれた宇治拾遺物語には、なくなった妻を火葬した後に骨から出てきた奇妙な機械を家に持ち帰った男が様々な怪異に見舞われる話があります。日本において体内生成物は基本的に骨と同じく埋められるべきものとされ、明治初頭になるまで体系的に研究されませんでした。
 ――ルネサンスに入り、解剖がヨーロッパの各地の大学で行われるようになると体内生成物に関する記述が一気に増えます。初めての体系的な調査は18世紀のフランス人、マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャが行いました。ビシャは千以上の解剖を行い、その中で30個の体内生成物を記録している。歯車やシリンダー、複雑な形状の宝石、よくわからない機械部品、水晶などの体内生成物を詳細に調査したビシャは、それらが誤飲ではなく、体内で不可思議なメカニズムによって生成されたものではないかという仮説を著作にて記しています。
 彼は教科書に描かれたロイコクロリディウムに感染したカタツムリを気味悪そうにみながら、記述を確認する。ロイコクロリディウムはカタツムリの体内で激しく脈動し、終端宿主である鳥はこれをイモムシと誤認して食べてしまうことで、ロイコクロリディウムに感染する。
 ――19世紀に入り、イギリスで体内生成物がある個数以上集まるとそれらが自動的に組み上がるという画期的な発見がされます。各国で盛んに体内生成物を収集されるようになりましたが、各国で分散所有された状態では千個以上集積されることはありませんでした。その後の二度の世界大戦、冷戦の間に人口が急増するに伴い、各国の所有数も加速度的に増えていき、そこに何らかの機能を見いだせるようになっていきました。
 ――そして今、冷戦終結の象徴として、こうしてリビア南部のサハラ砂漠で各国が持ち寄った体内生成物の世界初の組み立て実験が行われるという訳ですね。
 ――田中教授ありがとうございました。もうすぐ、現地で実験が始まるということで、中継の佐藤特派員につないでもらいましょう。
 ――はい、現地ではまもなく実験が――
 爆発音がなり、思わず彼が教科書から顔をあげると、テレビの向こう側では大きな体育館のような建物から煙が上がっている。
 ――煙のほうにカメラ寄せろ
 特派員のうわずった声で、カメラが煙のほうにズームをしていく。煙の向こうで何かが動いている。そして、また、爆発音でカメラがぶれる。
 ――おい、なんだありゃ
 煙の向こうから何かが立ち上がる。それは人のように見えた。とても大きい、首から上のない真っ黒な人影。あれがきっと組み上がったものなのだろう。
 それを見て、彼の中で腹のうずきが強くなり、そして、あそこに行かなければという切実な思いが湧いてくる。あれがは世界中をくまなく歩き、そしてここにも来るだろうということは彼にもわかっていた。彼の腹の中のうずきがそう主張している。そして彼は外に出て歩き出した。少しでも早くあの巨人に出会うために。

文字数:2016

内容に関するアピール

主人公の腹の中にも体内生成物があり、体内生成物がテレビの向こうで組みあがり、主人公が体内生成物に突き動かされ始めるという話を書きました。

もともと人の腹の中に人工物のようなものが生成されるというアイデアがあって、それらが組み合わさって、上位存在が組み上がるというオチをつけて、フラッシュフィクションに仕立てました。今思うと上位存在に関する神話みたいなものも含めた方が良かった気がします。

冒頭の歴史上の話は実在の人物や出来事に、体内生成物を絡めて書いています。

文字数:228

課題提出者一覧