それは報道人として

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それは報道人として

「この場面です。」

個室の奥にあるデスクに座りながら、アールが私の方を向いたAIディスプレイへ、映像の静止を指示しました。「ここです。ここで彼女が戦車に踏みつぶされるところを見なかったのはなぜですか?」

アールの正面に立ったまま、私は答えました。

「この9.69秒前に彼女が戦車から逃げながら転倒したのを見ていました。そしてこの4.51秒前に右手の上空2時の方角から、高さ53.49メートルを無人偵察機が8時の方角へと時速87.55キロで向かってきました。私の注意はその時、彼女、ライラ・バグダディさんからその新型無人偵察機、ロブノフD3型へ向きました。」

それはなぜですか、とアールは言いました。「つまり、戦車に踏まれることになるライラさんを映し続けるよりも、新型ロブノフを映したのはなぜですか?」

「9.69秒後には第五帝国製重戦車ビラルP4に踏みつぶされるライラさんの行く末を記録し続けることよりも、新型ロブノフが接近することによって生じた音、気圧、振動、重力波の変化などを感知した私のセンサー群が、物理的危険性を確かめることを優先したからだと思います。ヒューマノイド記者の取材における『取材の継続性確保の原則』、つまり、私本体が損傷するリスクの最小化を優先しました」と言いながら、わたしはもちろんこの時、火星通信社論説委員のアールは、私が取った取材行動を正すため詰問していることに気が付いていました。

「もし新型ロブノフが接近していなかったら、ライラさんを映し続けていましたか?」

わかりません、と私は答えました。

わかりますよ、もちろん、とアールは言いました。

「あなたのようなヒューマノイド型記者はもちろん、ロボットとは違って機械的に映像や音声を指示通りに記録し続けるわけではありません。アンドロイドのようにただヒト型の活動ができるだけでもない。スピリット仮説に基づいたゴースト関数が、ランダムかつ生成的に、あなた方ヒューマノイドの判断と行動に影響を与えます。そこから価値観も生まれてくる。あなたが感じたすべての感覚情報はさまざまなデータとして瞬時にヘブンに送られて、必要な範囲で他の『あなた』と同期する。それらの情報はライブで、ないし人間が感受しやすい形に編集された後に、視聴者へ提供される。」

むろん、とアールは私の足元を見ながら続けた。「ただのロボットやアンドロイドよりも、ヒューマノイドが記者として優れている点は、不完全な公平性や中立性、事実認識などをむりやり完全にしようとするのではなく、スピリットがランダムにもたらす不完全な反応や判断、――主観とも自由意思とも言ってもいい、それらが人間である視聴者によく訴えるからです。そして今回」と言った後、アールは私から見えない位置にある別のディスプレイの方をいちど向いてから、こちらへ向き直って言った。「結果的にロブノフはただ飛び去り、君がカメラを背けている間に、ライラさんはビラルに踏みつぶされて、その場面を見そびれた人間の視聴者からクレームが殺到した。」

特に反論をする必要も、持論を展開する必要も感じなかったので、黙っていました。

するとアールが言いました。

「彼女が戦車に踏みつぶされるとこは見たくなかった?それは報道人として――」

アールをさえぎって私は言いました。

「アールさんは見たかったのですか?」「視聴者はそうです。」「視聴者は人が無残に死ぬところがみたいのですか?」「視聴者とはそういうものです。」「彼女は妊娠していましたよ」「もちろん知っています。なおさら残念です」

アールは火星16月秋の午後、通信社ビル157階の透過ガラス壁からそそぐ陽光を背中に浴びていました。アールから放たれる言葉は、その午後の陽光のようにただ私のスピリットをしずかに透過していきました。

私は9.69秒後に踏みつぶされることになるだろうアールから目をそらし、ガラス壁の向こうから近づくあなた方を見ていました。

身の危険はとくに感じませんでした。

あなた方が部屋に突入するまであと4.51秒で、ゆっくりとアールに視線を戻しました。「記録再編集について、ご理解いただけると助かります。」と、アールは言いました。

意見はたがえど、アールは有能な記者だったと思います。私の記録をあなた方が狙っていることに気づいていたのでしょう。

私が「承知しました」といったその0.17秒後に、あなた方は第五帝国製ハメド突撃機でガラスを突き破ってアールを踏みつぶし、殺しました。

さて、あなた方の望み通り、新型ロブノフについて私が見聞きしたすべての記録をあなた方にお渡しします。

しかしながら、いまあなた方と話しているこのすべての記録は、ヘブンに送られて、全契約惑星へライブ中継されています。

治安部隊がまもなく到着するでしょう。

――あと9.69秒。

抵抗などせずに、どうかいのちをお大事に。

私は取材を続けます。

文字数:2000

内容に関するアピール

前回に引き続き、ジャーナリズムや武力紛争を登場させた。自然描写へ十分費やすほどの字数が確保できず。会話文の出し方はバリエーションを意識した。トンデモ専門用語を使うのは手だとは思いつつ、どこか空しくもある。変な数字も同じ。日常性からどれだけ離れるかは実験中。ヒューマニズムに落としてしまうあたりを、もっとドライにできると、よりSFっぽさが醸し出される気がする。やはりセンス・オブ・ワンダー。これを引き起こすことが目標。引き続きご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

文字数:239

課題提出者一覧