最後の曲は歌えないかもしれない

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最後の曲は歌えないかもしれない

 
 ギターフィードバックのキューンっていう音。
 これいいよね。
 バンドの皆さん! ありがとう!
 演奏中もみんな優しいから、俺が通るとキャーとか言ってくれるじゃん。上着とか脱ぐとさ。
 お! これこれ! これが最高なんだよ! サンキュー! 俺、いま、最高の気分!
 ストロベリー&ポイズンの最後のライブに来てくれてありがとう。
 この夢の舞台、シントウキョウドームでのツアーライブでストロベリー&ポイズンは解散します。
 俺は終わらないアイドルを目指して活動を続けてきた。だからここで終わらせるのは心苦しいんだ。でもどうか赦して欲しい。
 次で最後の曲です。でもその前にみんなに話したいことがあるんだ。
 こういう話をするのもどうかと思うんだけど、いまからする話はみんなを驚かせてしまうかもしれないけど、聞いて欲しいんだ。
 俺、毒島アキトとユニットの相方、苺塚ルカの話。
 俺達は偶然にも同じ事務所に所属していた。プロデューサーに適当に選ばれて組まされたんだ。酷いだろ? でもそんな偶然からストロベリー&ポイズンは始まったんだ。
 ルカはいつでも笑みを絶やさず、スキャンダルにも巻き込まれたこともない。口角の上がり方、目の細め方、カメラを見る角度まで、すべてが完璧なアイドルだった。
 俺の方はというと、こんな調子。態度も悪いし、目つきも悪い。週刊誌に何度抜かれたことか。
 あ、笑ったな! ありがとう。断言できるけど、俺、彼女とかいないよ。だって出来ないんだ。
 俺は最初、ルカのことが苦手だった。何をやってもルカに勝てない。ダンスも、演技も、パフォーマンスも、情熱も。
 ルカはこんな嫉妬だらけの俺を最初から信頼しくれたんだ。ユニットを組んで最初の楽曲が出来たころ、ルカは俺に内緒話をするみたいに言った。
 「僕は人の心がわからないんだ」って。
 俺は捻くれてたから、あいつの信頼を裏切って、嘘つけって思ってた。判らなかったらあんなに人を喜ばせたり出来ないはずだから。ルカがあまりにも作り物みたいで、俺はむやみに反発してた。
 でもな。最初のライブの大失敗で心を入れ替えたんだぜ。
 もう今では知ってる人いないかもな?
 ヨコハマジップ、キャパ二百人に来てくれたのはたった十人のファンの皆だった。あの時、俺は十人の為に頑張ることが出来なかった。たった十人ぽっちと思ってしまった。けれどルカはいつもより楽しそうに十人の為に全力でライブを盛り上げた。笑えない俺を笑わせようと必死で歌って、踊った。
 ライブが終わって、ルカは物凄い剣幕で俺の胸倉をつかんだ。
「君はアイドルをやめた方がいい」
 可愛い丸顔にぎゅっと力を込めて、下がり眉を吊り上げていた。ルカの目にうっすら涙が浮かんでいたのに気が付いた時、俺の覚悟がやっと決まった。
 それからニューシブヤスクランブルでの突発ライブをやったり、ツアーをやったり、握手会をやったり、全力で頑張った。映画のダブル主演が決まった時は飛び跳ねて喜んで、ルカは壁に頭をぶつけてた。
 ずっと一緒にスターダムを駆け抜けてきた。
 みんな驚いてるよな。そうだよな。だってもうここにいる誰も知らないもんな。
 俺がいまでもストロベリー&ポイズンを名乗っているのは、忘れて欲しくないからだ。苺塚ルカの事を。
 いまでも覚えてる。
 ライブのリハーサル中に機材が落っこちてきて大惨事になったこと。
 セットが燃えて夕日みたいだった。
 照明機材は俺の真上から落ちてきた。
 勢いよく突き飛ばされた。
 機械の焼けこげる匂いに目を醒ますと、俺の腕は無くなってた。
 弾け飛んだ部品の残骸や断線したケーブルがむき出しになっていた。
 床が赤い血の海だった。
 ルカは機材に潰されていた。
 病院に運ばれてからも寝たきりで目を醒ますことはなかった。
 あれから二百五十年。
 長い間、ルカは生きていることになっていた。
 脳機能の大部分が死んでいる肉体が、俺の知っている苺塚ルカとして生きている事になるのかずっと判らなかった。勿論、ただの同僚がルカの生死を判断する権利なんて無い。
 結局、遺族の後見人がルカを生者から死者へと変更する手続きを取った。
 
 俺に宗教を信じる心はない。
 でも、もし今ここにあいつの魂なるものがいるなら聞きたい。
 ルカ。お前どうして俺を庇ったんだ。
 俺、ロボットだから死なないのに。

文字数:1776

内容に関するアピール

 二年前、アピール文を読む誰もが知らないであろうアイドルのラストライブに行きました。それはもう泣いた。泣かないのは無理でした。日本武道館は彼女達の夢のステージです。だから嬉しかったです。同時にとても悲しかったのを覚えています。彼女達は死んだわけではないけれど、もう会う事はできません。終わらないアイドルっていいなと思います。アイドルがロボットだったらいいのに。多くの人が一度は想像するチープなモチーフですが、書かずにいられませんでした。ロボットに願望乗せすぎちゃったかな。でも、もし自分が死んだ後、こんな風に思ってくれるロボットがいたなら幸せだろうな。きっと忘れたりしないだろうから。アキト、ルカの事を覚えていてね。絶対だよ。

文字数:313

課題提出者一覧