轟!絡繰式妖殲機 鋼破山
1888年、明治21年。
ぐぉぉぉぉぉぉぉ。
底から湧き上がるような咆哮が街全体を揺らし、響き渡る。
突如出現した妖怪、牛鬼は巨大で異形の様相をしていた。体長は三十尺(約9メートル)、上半身は黒毛で覆われた牛の巨躯で下半身は蜘蛛の触肢と脚が並び、灰色の固い外骨格で覆われている。
人々は恐怖に駆られ、避難場所へと一目散に走っていく。母親たちは子供の手を引き、青年や父親たちは年長者を支え合いながら必死に逃げる。自警団員の一人が高台に登り、鐘を打ち鳴らした。
街は賑やかな喧騒から一瞬にして騒然とし、混乱の渦中に巻き込まれた。
ズシン、と今度は重低音が響いた。
牛鬼の視線の先に、同じく巨大な機械兵が山を越えて現れた。
黒く光沢のある金属で覆われた骨格や手、関節部から覗く歯車やピストンは機械兵が動くたび複雑に駆動している。手足や胴体などの大部分は木を基材としていて軽量化が施され、頭部には力士の髷が特徴的に結われていた。機械兵は重厚でありながら芸術美を感じさせる姿、颯爽とした風格を漂わせていた。
現れた機械兵は妖殲機と称される対妖怪用の兵器で、指南車を起原とする日本の絡繰技術と黒船来航と同時に持ち込まれた機械技術の融合によって生み出された。
そしてこの妖殲機は「鋼破山」という名を持つ。妖魔を打ち破るという鋼の意志が込められた四股名であり、日本が巨大妖怪に対抗できる唯一の兵器だった。
操縦者の青年力士、迅太は鋼破山の操縦室から牛鬼の姿を見て、近接戦闘での短期決戦が得策と考えた。威圧的で巨大な牛の上半身は脅威だが、それ以上に下半身の蜘蛛の脚が危険だと察知した。多脚を活かした速度で襲われたら鋼破山に勝ち目はないだろう。
迅太は土俵のように腰を落とし鋼破山の両手を地面につけ、相撲の構えで牛鬼と対峙した。
牛鬼は鋼破山に狙いを定め、周囲の木々をなぎ倒しながら頭部の長く湾曲した角を突き出して突進する。鋼破山は直進する牛鬼をいなし軌道を逸らした。側面から2本の角を掴み、捻り倒しにかかる。
この時、迅太は歯を食いしばり、力の限り操縦籠手の鋼線を引いていた。ギチギチと鋼線が軋む音がする。
妖殲機は操縦者の両手両足に装着された籠手と足具を介して操作される。絡繰と機械技術を駆使し無数のリンク機構とカム、歯車により巨大な力を生み出しているが無から力を生み出す機構は備わっていない。妖殲機を初動させるにはどうしても人の力が必要だった。
三十尺にもなる妖殲機の操作を迅太の筋力は可能にした。彼は先天的な筋肥大症により常人の数倍の筋量を有する、特異体質の力士だったからだ。
牛鬼が二足歩行であればこのまま捻り倒すことが出来ただろう。だが蜘蛛の脚は地面にしっかりと根を張り、ビクともしなかった。牛鬼は頭を振り、鋼破山の両手を解く。左肩を入れ鋼破山を突き飛ばすが、鋼破山はとっさに右足を後ろに出して踏み止まる。
両者の間に距離ができ、再び対峙するかたちとなった。
「こりゃ、いつもの相撲で考えちゃダメだな。あんなに足が多くちゃ払うことも出来ない。」そう呟くと今度は迅太の方から牛鬼との間合いを詰め、仕掛ける。
対する牛鬼は両手を大きく振り下ろして無造作に叩きつけてくる。知性の低い牛鬼の攻撃は体格や重量に任せた雑な動作であり、常日頃、土俵で人間同士の仕掛け合いを経験している迅太にとって攻撃を読むことは容易だった。
両肘で受け、速やかに両腕を回し牛鬼の腕に絡める。
ガッチリと拘束された両腕を捻り上げ関節を極めると牛鬼は悲鳴を上げながらのけ反った。眼前には牛の顔が現れる。両者の視線を隔てるものは何もなく、迅太は牛鬼の顔面に頭突きする。そして次の一手に移行する。よろけた顔面への追撃。右肘から前方へ正面に向けた手のひらを突き出し、鉄砲をぶちかました。鋼破山の掌底は牛鬼の顎を的確に捉え打ち抜く。牛鬼の意識が僅か一瞬、分断されたのを迅太は見逃さない。
さらに間合いを詰めると、牛鬼の後頭部を抱くようにして後ろに腕を回した。
迅太は力む。肥大化した上半身の筋肉が総動員され三角筋、広背筋、上腕筋たちが盛り上がる。大きく息を吸い込んで渾身の力で腕を振り下ろした。籠手に繋がる鋼線が引かれ、鋼破山の絡繰が作動。内部に組み込まれた絡繰機構により力は何百倍にも増幅され、鋼破山の腕が振り下ろされる。
鋼破山と迅太のモーションはひとつになり、牛鬼の頭部を地面に思い切り叩きつけた。
牛鬼は地面に強烈な口づけをし、ゴキリと不快な音を立て、そのまま動くことはなかった。
迅太は鋼破山越しに牛鬼を見据えた。首はあらぬ方向に折れ曲がり、口からだらしなく舌を出て絶命している。
牛鬼の顔に視線を滑らせると黄色の瞳と目が合った。迅太は牛鬼が自分のことを睨んでいるような気がした。
文字数:1993
内容に関するアピール
自分なりの「ありえない」を存分に詰め込んでみました。
鳥山石燕の残した『画図百鬼夜行』により明治時代に突如として巨大妖怪が出現するようになった世界。
巨大妖怪に対抗するのは日本の絡繰技術と西洋の機械技術が融合した巨大ロボ『妖殲機』。妖怪の出現を予期していた井上円了と弓曳童子の制作者である田中久重の息子、田中大吉が妖殲機の開発者という設定。
歯車やリンク機構は元の力を何倍にも増幅させますがゼロからの動きは作れません。この時代モーターとかはないので初動は人力です。初動といえど9メートル近い妖殲機を動かすので並大抵の筋肉では動かず、そのためパイロットは力士から選出されます。
なかでも筋肥大症により常人の何倍もの筋量を持つ主人公、迅太は『鋼破山』のパイロットに適性があります。
相撲の角界は、実は秘密裏に妖殲機のパイロットを選出するために国技として認定したというのも設定の一つです。
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