イカの足

印刷

イカの足

 ノアというのが、イカの名前でした。目玉をさわると巻きついてきます。二本の腕と、りっぱな二本の足とがじまんで、ぼくよりもすこし背が高かった。

その夏知りあった女の子、リッカと海に行ったとき、リッカが面白いものを見つけたとぼくを呼びました。そして、ぼくをびっくりさせるつもりで、あの大目玉にさわってしまったのです。ノアは大あわてでリッカに巻きつきました。
 イカとけんかをするときは、イカに巻かれると思ってはいけません。イカを巻く、くらいの気持ちがたいせつです。
 巻いたり巻かれたりしながら、ぼくは必死にノアとたたかいました。ノアも必死だったのだと思います。たくさん水を飲んだけれど、リッカは助かりました。でも、ぼくの左足は、ヒザから先がどこかに行ってしまって、どこに行ったのか分からなくなりました。

病院でみてくれたセンセイが腕組みをしています。やっとセンセイが何かを言いかけたとき、窓からノアが入ってきて言いました。
「センセイ、おれの足を使ってくれ」
 ぼくが断わるのも聞かずノアは、自分で自分の足を切りおとしました。センセイはノアから足を受けとると、さっそく、手術を始めました。
 センセイは名人でした。爪がないのを除けば、ほとんど完璧な、みごとな左足がぼくに戻りました。神業です。いいえ、職人技でした。じつはセンセイ、副業におすし屋さんの仕事もしていたのです。

ぼくは治った足を見せてリッカを安心させようと思いました。そして、リッカの眠っているベッドに腰かけて、リッカが起きるのを待ちました。でも、もしかしたら、左足に爪がないのがいけなかったのかもしれません。となりで目をさましたリッカは、ぼくのあたらしい左足を見るなり、また気を失ってしまいました。

ノアは、まだ診察室にいました。ゆかでぐったりしています。センセイはたぶん、おすし屋さんの仕事なのでしょう。留守にしているみたいでした。ぼくは、ノアのとなりのゆかに座りました。それから、すこしの間だけ、ぼくはノアと話をしました。
「イカの足ってさ、ふつう十本だよね」
「――三本のやつもいるさ」
「足、いたまない?」
「――そっちこそ具合は?」

くコ:彡 くコ:ミ くコ:彡

砂浜まで戻ってきた、ノアとぼくは、さいごに力いっぱい握手をしてわかれました。ノアの右手は、けんかしたときに思ったのより、ずっとやわらかでした。

ノアのことがなつかしくなると、ぼくはときどき左足と握手をします。

文字数:1006

内容に関するアピール

ありえなさそうな、イカとの友情を描きました。ありえなさそうな、足の移植手術も描いている、童話のような、ファンタジックな話です。イカの足はどんな足なのか、ストーリーの中で主人公のとらえ方が変化していくところがポイントになっています。30年近く前に見た夢がベースになっていて、そのころいちど作品にしたのですが、今回の課題に使えるかもと、もういちど磨き直してみました。具体的には過去作の体裁が詩みたいな行分けだったのと、文字数がぜんぜん足りなかったのを、いろいろと工夫して、今回の形に整えました。
 ひとつの芸風を深めるのも大切だと思いますが、数学ファンであることや、パズルを作っていること、作詞のコミュニティに属していたこと、などなど、私自身にもいろいろな属性があります。文芸の芸の幅を広げるのもたぶん大切。創作講座を受講する中で、その両方ができるとよいなあと思っています。がんばります。

文字数:391

課題提出者一覧