あの子は正定聚しょうじょうじゅ

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梗 概

あの子は正定聚しょうじょうじゅ

百々乃もものもなみ、18歳、大学一年生、フランス語を学ぶ女子。
 ここはイバラキ県、TSUKUBA大学、略してTティー大。でもまだ誰も知らない、この子が正定聚しょうじょうじゅだなんて。そう、もなみちゃんは現生正定聚げんしょうしょうじょうじゅ。生きながらにして浄土への往生の定まった尊い身。

ここに善男善女の一例あり。
犬居いぬいかのか、18歳、同じく大学一年生、哲学女子。
猿橋さるはしケン、18歳、同上、民俗学男子。
八田雉尾はったきじお、20歳、同上(二浪)、芸専男子。

犬居は学生宿舎の共同浴場で足を滑らせたところをもなみちゃんに助けられ、猿橋は自転車を盗まれて途方にくれたところを助けられ、雉尾は学内の池にサンドイッチを落としたところを助けられた。4人はそれぞれの過去世からの因縁も知らぬままに友となり、ある日、世界でも最大級の青銅製仏像である牛Qうしく大仏を見物に出かける。牛Q大仏はかつて、伝説のレオ学長の時代には汎用仏型ふつがた決戦兵器として研究されていたらしい。大仏の足下にたどり着き、その胎内を巡るうち、もなみちゃんと大仏は強く惹かれ合っていく。やがて夕暮れ時、大仏の背後に盛大な花火があがる。この世のものとも思えぬ妙なる風景の中、雉尾は花火のまにまに未確認飛行物体を見た。猿橋はそれをこの地の伝承としてある〈うつろ舟〉ではないか、と言う。
 真相のわからぬまま日常に戻るが、学内へも飛来した〈うつろ舟〉にもなみちゃんは掠われそうになる。〈うつろ舟〉の中から声が聞こえた。「…ショウジョウジュ」……この舟はもなみちゃんを追ってきたのだ。舟へと吸い上げられていくもなみちゃんに過去世の記憶が蘇る。
 過去世にて、4人がウサギとヤマイヌとサルとカワウソだった頃、月にウサギの姿が描かれたが、その月には未確認生物〈うつろびと〉が住んでいた。また別の過去世にて、4人が老修行僧であり洞窟に住んでいた頃、洞窟のあった山には〈うつろ人〉の拠点が既にあった。また別の過去世にて、4人が桃太郎一行だった頃、退治された鬼は〈うつろ人〉であった。4人は共に生まれ変わり立ち替わり、今生まで辿り着いたのだ。
 もなみちゃんを救うため、輩は祈る。力を貸して、牛Q大仏!
 犬居は叫ぶ。「立像なのはすぐに衆生を救うためっていう設定なんじゃなかったわけ?! 」
 
 そのとき。大地が揺れる。ペデストリアンデッキを踏みならし、身の丈100メートル、重さ4トンの大仏来たる。「Mon amie.もなみ..」大仏が手を差し伸べた。もなみちゃんをその胸に抱き、3人の友をもう一方の掌に乗せ、螺髪らほつを飛ばして〈うつろ舟〉を撃退する。
「あなたのその死にやすいやわらかい命を護りたいわたし〈ほとけ〉になりたいの」
詩歌を唱えたもなみちゃんが皆を大仏の胎内へ導くと、大仏は再び北へ走り出す。Mt.TSUKUBA山マウント・ツクバ・サン頂上、ガマ洞窟の上に御座すガマ仙人を手に取った大仏は、男体山と女体山の狭間をこじ開けて今こそ出でんとする巨大〈うつろ舟〉めがけてガマの油を搾った。忽ちMt.TSUKUBA山の傷は癒え、すべての〈うつろ舟〉は封じられた。南無阿弥陀仏。

文字数:1354

内容に関するアピール

フラッシュフィクション回で本領発揮させてあげられなかったもなみちゃんを、今度こそ成仏させてみせます。
いまはもうないナンバー学群制度や食堂、まだ三地区までの学生宿舎など……現実(現行)とは異なる部分もあるイマジナリー筑波大学が出てきますが、TSUKUBAを知らない人にも楽しく読める作品に仕上げます。頑張って大仏さまに走っていただきます。
また、物語全体は仏教のジャータカ(本生譚)形式を借り、現世と過去世を行き来します。過去世の話には詩歌が出てくるのがジャータカの通例なのですが、詩歌部分は自由律俳句、もしくは短歌で綴る予定です。(269文字)

主要参考文献
松本照敬『ジャータカ 仏陀の前世の物語』角川ソフィア文庫, 2019
入澤崇『ジャータカ物語』本願寺出版社, 2019
春秋社編集部(編)『仏像はやわかり小百科』春秋社, 2006
中村元/増谷文雄監修『仏教説話選書 ジャータカ物語1~5』すずき出版, 1988
大谷光紹(東京本願寺教学部編)『牛久大仏はなぜ顕現されたか』東京本願寺, 1993
里道徳雄(東京本願寺教学部編)『羅漢の話』東京本願寺, 1991

文字数:470

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