さすらいのマリア

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梗 概

さすらいのマリア

その丘陵にガラスの塔があった。中は見えない。時々中の人が出入りする。周囲で、畑をつくったり山羊を飼ったりしてひとびとは生活している。
 地上のあちこちに町はあるが、文明程度は電気の発明以前におさえられてしまっている。このガラスの中にだけは文明が残っている。ガラスの塔の中にいる人たちは、ここでは「命じる人」として姿をあらわし、地上各所の「センター」を通して世界を統治していた。
 外の人たちは、ある年齢になると、「センター」にでかけて「過去世」を受け取る。各人の過去世の人生や職業の続きをするのである。ヘッドセットには何代もの過去世が記録され、ひとびとは自分の人生を過去世に足していく。
 この数十年しずかに総人口は増えていたが、過去世の数が足りなくなることはなかった。
 ネロは少年でまだ過去世をうけとっていない。兄のヨカンはすでに大工として組合にも入っていたが、ヨカンにはもうひとつ、「マリアを守る」という、まえの人生でも果たされなかった使命がある。マリアが誰なのかも全く知らない。
 遠くから、若い女が旅をしてきた。ひとめみてヨカンはそれがマリアだと知る。
 マリアは、過去世をセンターで受けようとしたがヘッドセットは空っぽで、そのままユニットに呑み込まれ解放された。過去世のないものには居場所はない。マリアはそのまま世界をさまよった。過去世のないものは定住を許されず、しばらく滞在のあとセンターの指示に従いその場を去る。その都度なにがしかの援助はあったが、宿のために体を売ることもあった。
 ヨカンは、マリアに近づくが、マリアを守るのが自分の仕事といってもマリアには理解できない。ガラスの塔はなにも指示せず、ヨカンは少し離れたオリーブの林の向こうにシーツで囲いをつくってマリアを休ませた。ネロは友人たちとマリアを見に行く。マリアはネロたちに、いままで通ってきた町での話をする。一定期間過ぎれば今までは追い出されたがここでは滞在は長く、「命じる人」は、近在の過去世をうけとったものすべてにセンターへ行くよう命じる。ひとびとにはわからないが、各人のそこまでの人生がの記録に足される。
 やがて丘陵の周りで高熱に苦しむものが現れた。ヨカンは何事もなくマリアの面倒を見続ける。人々の数が半減するほどの疫禍となるが、過去世のないネロたちには発病しない。
 珍しく旅のものがやってきて、遠い町でもその疫病が流行ったことを語る。マリアを見て、こいつが去った後流行ったのだと叫ぶ。この男はマリアを買っていた。その後発病、自身は治癒したが家族を失った。ひとびとはマリアに詰め寄り、守ろうとしたヨカンが殺されたところで、「命じる人」が現れ、マリアに町を去るよう命じる。ヨカンを葬ってマリアは去る。
 ネロは過去世を受け取る。それは「ガラスの塔」に入る人生だった。塔に入り、中で教育を受け、ネロは知る。マリアは人口調節のため、人口が増え過去が足りなくなったら疫病保菌者として世界をさまよう役割だった。ガラスの塔の近くでは直接コントロールが可能なので長期滞在が許され、保護者も設定される。それがヨカンだった。塔の中のものは抗体を持つ。過去世のない年少者も抗体が設定され、過去世を受け取るとともに抗体産生維持機能が消去される。
 成長したネロはセンターを通しマリアを探す。人口は狙い通りに減少し、マリアが求めるので彼女をヨカンの墓守として、オリーブの林のそばに死ぬまで住まわせることを許す。

文字数:1425

内容に関するアピール

人生の予定を前世のつづきとしてうけとるという設定はずっと頭にありましたが、腸チフスのメアリという疫学上有名な人物と融合してできた話です。
 頭の中の景色はキアロスタミの映画「友だちのうちはどこ」の連作の丘陵地帯です、
 マリアとヨカンのあいだにあったのが愛なのかはわかりませんが、使命として人を守るところまで設定された人生も、よしとしないといけない人生もあるんだろうと思っています。

文字数:189

課題提出者一覧