ヘルメス・ニューワールド

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梗 概

ヘルメス・ニューワールド

日本という国名が消失し、人々が世界中に離散し〈東の民EP〉と蔑称されている時代。西の果てモロッコの貧民街で働いていたヒロムは仕事をクビになり他国で暮らす恋人にも振られ、新しい仕事を探していた。〈東の民〉専用ネットのイープネット(現代のVPN的な技術で接続し、非合法にコンピュータのリソースを利用している)の掲示板で〈社長〉と名乗る人物からヤバイ仕事を持ちかけられる。詳しく聞けばアガディール在住の金持ちの同胞からの強盗。「どうせ地元の警察に届け出たりしない。そこが我々の強みだ」という〈社長〉の言葉を鵜呑みしてヒロムは仕事に乗る。

ヒロムは集められた仲間とともに、貿易商のセカンドハウスを襲う。セキュリティは通常レベル。本人は不在で、娘と覚しい子供だけだった。脅して金や情報を引き出そうとするが成果は得られず、換金できそうな宝飾品を奪って逃亡。山分けする段になって揉め、ヒロムは力負けして、僅かな取り分と怪我だけを得る。市内に潜伏していたが捜査は厳しい。やがて身柄を拘束される。

警察にクリスという欧州の職員がやってきて、「司法取引」をヒロムに持ちかける。解放の条件は、アトラス山脈東側からサハラ砂漠に広がる巨大都市構造〈スフィンクス〉内にある、〈東の民〉コミュニティへの潜入だ。断る道がないヒロムは、薄々、足のつかない潜入者となるために嵌められたのだと感じながら了解する。それを裏付けるかのように、貿易商の家にいた子供・コレーが現れる。娘ではなく、ママがあの男の愛人なのだという。年齢のわりに言葉の達者な彼女にどうして自分の元に来たのかを聞くと、人間誰でも得意不得意はあると返される。知りたかったのは脳の特性ではなく動機なのだが、そこは無視される。

二人はコミュニティに潜入し信頼を得ていく。リーダー格の一人、病に臥せっている男が〈社長〉だが、ヒロムは分からない。そしてイープネットを拡張した、仮想世界〈日出処〉のプロトタイプを見せられる。〈スフィンクス〉データセンター上のリソースを違法に食いつぶして作られた世界。すでに肉体を放置して〈日出処〉に行きっぱなしの同胞も多いという。現実の貧民街と比べたら天国だ。

この世界をスフィンクスの外に解き放つのだという「社長」の言葉に、コレーが欺瞞を見抜く。真の狙いは同胞を丸ごと掛け金にした、クリスとの取引だ。ヒロムは伝令に使われたのだ。二人の間の秘匿回線を両者とコンタクトできるヒロムがオープンする。

「社長」の要求は欧州・地中海市民権に基づく医療による延命。対価はコミュニティ幹部の情報と〈日出処〉自体。同胞を裏切って延命をとる男に対し、クリスはむしろ〈日出処〉の実験を続けてもらって構わないという。コレーは、その提案に仮想空間上で〈東の民〉を虐殺する意図を嗅ぎ取る。ヒロムはコレーの声を汲み、彼らとの交渉で、〈社長〉の治療と、〈東の民〉の現実世界への生存を勝ち取る。ひそかに、〈日出処〉の開発を続ける権利とともに。

文字数:1230

内容に関するアピール

神話をモチーフにしたSFファンタジーと、近過去〜近未来社会を舞台にしたシリアスなつまり改変歴史And/OrサイバーパンクなSFというのが、おおむね私の二大得意ジャンルのつもりです。やり残している課題に、この両者を融合させた世界を描くことがあると、考えていました。最終課題では、近未来ネット社会の上で神話的な広がりを持つ物語を語りたいと思います。

ヒロムはいたずら者の怠け者で、トリックスターになる潜在能力を秘めています。最初は何者でもなかった彼は、伝令神というよりも利用されるだけの使い走りですが、旅の過程で世界の構造を理解し、新たな世界を切り開く役割を担うように成長します。

舞台がモロッコな理由は、西の端にあり、文化混淆の地で、自分が知っている土地なためです。ギリシャ神話圏ではあるのでタイトルを「ヘルメス」としていますが、モロッコの古い神話にちょうど神様がいれば変更するかもしれません、調査中です。

文字数:400

課題提出者一覧