Heaven / Hell Is a Place on Earth

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梗 概

Heaven / Hell Is a Place on Earth

人類の大半が仮想現実Re:Earthに移住して、地球に残っているのは運営するノアの連中と、俺みたいな出来損ないと変人だけだった。Re:Earthは地球の全歴史のバックアップから作られ、そこでは無限のあり得た歴史を生きることができた。
 血の繋がらない娘へると俺の脳は意識を仮想空間にアップロードできない。妻のアリア、とその双子のタレヤ、の脳は問題ない。
 紙くず同然になっても、生きていくには金がいる。葬儀屋ブルシット・ライブスを家族経営することで俺たちは金を稼ぐ。タレヤはノアのスパイ、アリアはRe:Earthで自殺志願者のリクルート、俺とへるが実行部隊だった。
 なんでもやり直せる仮想現実では「取り返しのつかないこと」が求められている。だから弊社はお客様に極上のスリルを提供する。
 人類は世代交代の過程にいる。肉体を有する旧世代と、Re:Earthで「誕生」した肉体を有さない新世代。旧世代の大半は現実に肉体を置きっぱなしにしている。その肉体を派手に散らすお手伝いを弊社は担う。打ち捨てられたタワマンの屋上からのダイブが人気だった。報酬はお客様が残された現金。
 だけどお客様は知らない。ブラックホールを無限の情報ストレージとして非代替性トークンによって保証される新世代と異なり、旧世代の意識の連続性を保つのは脳なのだ。脳を失うと、仮想空間の人格もやがて解体する。最期にそのことを俺は教えてあげる。
 砕けた死体はへるが回収する。彼女はお客様のパーツを組み合わせて人型をつくっている。

ノアは現実も仮想現実もどちらも独占したかった。
 連中は旧世代の厳選された生き残りとして空飛ぶ都市「方舟」で暮らすと同時に、新世代にとっての神々でもあった。そして死後の世界としてRe:Earthは完璧だった。
 勝手にしやがれ、と俺は思う。俺たちは地上で生きて、地上で死ぬしかない。

ある日、へるの人型のひとつに生命が宿る。
 そいつはへるをお母さんと呼んで「ワイは木田や」と関西弁で話す。木田はノアの介入なく自在に現実と仮想現実を行き来できて、アリアとタレヤは驚く。しかも木田は超能力まで備えて、やりたい放題だった。
 新世代が作り出したシン世代の生命体。それが木田の正体だった。新世代は俺達の現実を仮想現実として利用しようとしていた。木田はなんでもできたが、唯一の誤算はへるの存在だった。木田はお母さんの言うことには従った。
 木田に命令すればノアを壊滅させられる。「私たちには壊す権利があるのよ」と葛藤するへるの前に、アリアとタレヤにそっくりの大黒寺花蓮が現れる。「ママ(アリア)も偽ママ(タレヤ)も私のアバターなの」と花蓮はへるに告げる。
 ノアはシン人類を既に警戒し、出来損ないの脳の持ち主を人体改造したパライソを地上にばらまいていた。花蓮はパライソだった。
 パライソに脳はなく、シン人類を殲滅するためだけにデザインされた、はずだった。
 しかし花蓮は違った。彼女にとってアリアとタレヤは脳で、そこには家族の記憶が保たれていた。
 「へるちゃんが望むようにしなさい」と花蓮はへるに問う。
 ノアを壊滅して現実を失うか、木田を殺すか。
 「へるが望むなら、しな」と俺も口を出さない。たとえノアを破壊すればアリアとタレヤを同時に失うとしても、だ。
 へるは悩んだ末に木田にお願いする。「方舟を壊して」。木田の超能力で、方舟に搭載された数十基の原子力発電が一斉に爆発する。

俺とヘルと脳を失った花蓮は黒い雨から逃れ、身を寄せていた。
 雨の中から子どもたちが歩いてくる。シン人類。その先頭に木田が立っている。
 木田が手をかざす。花蓮に脳が戻る。木田が指を鳴らす。空が晴れる。やがて天上から神々の声が響く。

文字数:1530

内容に関するアピール

「SFってなんだろう?」と講座を通してずっと考えていました。SFのいい読者ではない自分がSFなんか書けるのかと悩んだりもしました。今は思います。私にとってSFとは、私が固執する諸問題、たとえば生の耐え難い一回性と仮想現実への渇望とか、脳に対するフェティッシュとか、複製されることの恐怖とか(全8回の課題で最大の収穫はそれらが浮き彫りになったことでした)を増強し説得力をもたせるための手段や装置でしかない、と。
 「ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ」(©舞城王太郎)。だとしたら、だからこそ、最大限に蠱惑的で荒唐無稽な与太話をかましてやろう。
 手段や装置それ自体が過剰に肥大化して、言いたかったことなんか飲み込んで、核ではなく周縁が作家としてのシグネチャーになってしまうものばかり、いつも好きになってしまう。だから、私もそうなれたらいいなって、強く願う。SFが書きたい。

文字数:385

課題提出者一覧