かぐや君

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梗 概

かぐや君

早期発達プロジェクト・通称「かぐや計画」により生まれた越智零児は、通常の人間の7倍のスピードで成長を重ね、齢3歳にして東京大学工学部計数工学科の卒業試験を受けることになる。同期の羨望の目と教授のいじめにも屈せず、無事に零児は卒業試験に合格。もはや意味をなさなくなったギネス記録の最年少記録に27個目の偉業を刻む。きらりと光る零児の笑顔を見据えるのは、年老いた小児科医の駿河景。

零児はかつて無脳症予備群であった。生後間もなく息絶えるだろう運命は遺伝カウンセリングによって判明しており、彼の命を何としても救わんと願う富豪・越智健一は、先進医療特区として名を馳せる沖縄に向かい、認可直後の遺伝治療を優先的に受ける交換条件として、かぐや計画のリクルートに同意した。彼の主治医が景であった。

かぐや計画に用いられるのは、細胞の律速段階のリミッター解除である。それに加え、アポトーシスの簡略化・制限、一部細胞の癌プログラムの適用など、かなりの荒療治をもってかぐや計画は成功を収めた。彼は最初の対象児で、彼の3年後に生まれたおよそ50万人の第2世代は、もうすぐ15歳に成長する。25歳になると、彼らの発達は強制終了させられる。

零児はネバーネバーランドと呼ばれる区画で暮らす。そこには小さな子供向けの施設がなく、高齢者もほとんど見られない。労働年齢の者のみが居住を許された区画で、彼は毎日社会構造の最適化の課題に取り組んでいた。睡眠中に進められる倫理教育の甲斐あって、零児の知能発達はプラトーを迎える。しかし、天才扱いされる彼を見て景は恐怖を覚える。彼の体は大部分が癌プログラムにより制御されており、強化免疫機構が破綻すれば、球速に癌化が進行する可能性がある。

陰謀論者として土地を追われた景は、ネバーネバーランドの隣にある地区へ向かう。そこには老化を逆戻しする実験に参加する人々がいた。景の仲間の医師は皆そこに吸い込まれ、昔の記憶と引き換えに労働に勤しむ。ネバーネバーランドの住民とは反りが全く合わないため、二地区は柵で区切られていた。人間が皆若い世界では、若さそのものは価値にならない。屈強さに価値を求めて違法プロテインで筋肉を付ける人もいた。過密の一途を辿る地区内では小競り合いが絶えなかった。

景は地区の中で老人として働き始める。しかし、迫り来る寿命には打ち勝てず、体調不良で倒れてしまう。個人が一生のうちに使える医療リソースには限りがあり、景はその大部分を消費してしまっていた。景を追って助けんとする零児は、怒りっぽい元老人たちに襲われる。彼らもまたリソースをほとんど使い切っており、自分が生き延びるために他の人間を殺そうと決意したのだ。零児は命からがら逃げ出し、かぐや計画を進行させる。

元老人と元赤子の戦争が始まり、人々はその見分け方すら分からぬまま、お互いに殺戮を続ける。

文字数:1182

内容に関するアピール

「かぐや姫」をSFとして読むにあたり、最も神秘的なのは発達のプロセスです。一体どのように育てれば、短期間で大人になれるのでしょうか。小児は大人の縮小版ではない、とかつて私の大学の有名な先生が口にしたそうですが、学びを深める度にその格言は全くその通りであると思うようになりました。成長と発達は医学のブラックボックスです。出産・育児の負担を減らすことが社会全体に求められていると感じますが、ならば子供時代を永久に奪ってしまおう、とかぐや計画の発案者は考えたわけです。同時に、「若返り」は今後医療人が向き合う最大の課題であると考えます。本作は老人の若者化と新生児の若者化に焦点を当て、相容れない彼らの争いを描きます。また、平等に配分されることのなくなった医療リソースについても、課題として取り上げる予定です。本作は現実と極めて近い場所に存在し、だからこそSFとして問われるべきであると考えます。

文字数:394

課題提出者一覧