わたしは孤独な星のように

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梗 概

わたしは孤独な星のように

 叔母が空から落ちたのは、とても良い秋の晩だった。集まった友人一同は、さすが綺麗な放物線だったと誉めそやし、式後のお茶会で紅茶とビスケットを堪能して去っていった。
 コロニーでは星は壁面に固定された照明器具だ。空を巡ることも瞬くこともない星はコロニーの住民と紐付けられ、住民が亡くなると落ちる。地上では個人を知る者が集まり、その流れ星を見る。それがここの葬儀。

 残されたわたしは叔母の書斎で、わたし宛の手紙を見つけた。そこには、最後の願いとしてコロニーの端から手鏡を宇宙に流して欲しいと書いてあった。
 次の日、叔母の友人と名乗る人が尋ねて来た。真っ直ぐな黒髪をポニーテールに結び、強い目をしたぶっきらぼうな女性。驚いたことに、叔母よりずいぶん若い。
「あんたの叔母さんの星が落ちたのを見た。だから約束を果たしに来た」
 レイリタと名乗る彼女と一緒に、わたしたちは短い旅に出た。
 老いたコロニーは、そのほとんどが放擲されている。わたしたちが住んでいた郊外の家から先はムーア、荒れ地だ。軌道車ももう使えないので歩いて行くしかない。
 わたしたちは進む。無口な彼女と、社交が苦手なわたし。困ったのはGPSが途切れ、地図を渡されたときだ。わたしはディスレクシアで地名を読むことができない。彼女は少し黙り、そして地図を投げ捨てた。
「道がないなら迷子にもならない」
 わたしたちは歩き、止まり、野宿し、焚き火でパンを焼いて缶詰を開け紅茶を飲んだ。レイリタのリュックからは魔法のようになんでも出てきた。
 少しずつ叔母と彼女の接点が見えてくる。彼女はそこそこ売れているバンドでベースを弾いている。物理学者の叔母とレイリタを繋いだのは、バンドが発表した物理用語を詰め込んだ歌だった。ある日、理解もできていない言葉をもてあそぶな、と厳しく叱る手紙が届いた。ご丁寧に手直しした歌詞付きで。Ver.2は元の歌を上回るヒットになり、レイリタたちは手紙の出し主をライブに招待した。意外なことに叔母はそれを気に入った。以来、叔母とレイリタは緩やかな、でもいざという時に姪のわたしを託せるくらいの友人だ。

 わたしたちはコロニーの終端につく。
 星が落ちる。誰かが死んだ。世界の果ては静かだった。
 レイリタが外に繋がる採光パネルのメンテナンスハッチに叔母の手鏡を放り込む。これでおしまい。ここまで何日もかけて歩いてきた割に、最後は呆気ない。
「どうして手鏡なの? どうしてわざわざここまで来ないといけなかったの?」
「これは、あんたの叔母さんの目だよ。ここから、あんたを見守る。」
 あぁ、そうか。叔母は本物の星になりたかったのか。夜になって採光パネルが閉じて、その暗闇の向こうに小さな手鏡の反射する光を見つけることができるだろうか。叔母はわたしを見つけることができるだろうか。
 レイリタとの旅はまだ半分。帰る旅の途中で、叔母の書いた歌を歌って貰おう。

文字数:1200

内容に関するアピール

 新しい作品を、とも思いましたが、この特別なことは何一つ起こらない静かなお話が気になって、もう少し付き合いたいと思いました。

 8本の作品を書いてみて、少しだけ見えてきたのは、わたしにとって書くと言うことは、言葉にできない言葉、声にならない声を掬い上げて形にすることかもしれない。代弁とか救済とか大きなものではなくて、ただ切れてしまった糸電話の糸を結び直して、向こう側にいる人に届けるような。SFならより広く、より自由に、古今東西、有形無形、あらゆる声を拾うことができる。

 だから、やっぱりわたしはSFを書きたいです。

 「わたしは孤独な」に関しては、ディティールを丁寧にブラッシュアップしていって、かつ最後の手鏡を捨てるところで見える景色をもっと印象深く、美しく描き直したいです。
 この物語だからこそ届けられる声があるような気がします。

文字数:367

課題提出者一覧