梗 概
愛の♡メモリー
(未来は人々の予想に反し、足踏みをしている……)
ベーシックインカムのそこそこ浸透した世の中、たまきとつぶらのふたりは同棲しつつ、金と手間の掛かる旧式のアニマル・ロボットを養うためだけに働いていた。ひと昔前に一世を風靡したコンパニオン・ロボティクス社製の〈りゅうのすけ〉は元々、たまきの連れロボ狗であった。クラウドに情報を預けてある新型とは違い、古式ゆかしいメモリーカード式だ。写真も七枚までしか保存できない。けれど、雲の上に記憶があることを受け入れず、体の中に記憶を保持している姿こそ生き物らしいと認識しているたまきは完全に旧型派だった。
だがある日を境に〈りゅうのすけ〉はとうとう充電から目覚めなくなる。公式にはもう交換パーツも存在しない。思いつめたたまきは〈りゅうのすけ〉のボディを怪しい修理工房〈戌亥子丑寅〉に預けてしまう。すると帰ってきた〈りゅうのすけ〉は起動はするようになったものの、体内から〈愛の♡メモリー〉と手書きシールを貼っていたメモリーカードが抜き取られていたうえ、工房との連絡は取れなくなっていた。半狂乱になったたまきはその日からネットをあさり、アニマル・ロボットのものと思しきメモリーカードがあればすべて入手し、〈りゅうのすけ〉に与え、本来の記憶を取り戻そうと必死になった。来る日も来る日も〈りゅうのすけ〉の魂は見つからず、他のアニマル・ロボットのメモリーカードを挿入された〈りゅうのすけ〉は別狗の様相。傷つき、消耗していくたまきを見ていたつぶらは、ついにまったく動かなくなった〈りゅうのすけ〉を抱え、国内で唯一アニマル・ロボットの供養をしてくれるというチバの寺に行ってみようと提案する。
ふたりはその供養に〈りゅうのすけ〉を連れて参列した。新型のロボが僧侶に代わって読経する中、合同葬儀が始まる。
♪テーテレレッテテテテレテテレ↓レ↑♪
テクノ供養だった。堂内がめくるめく極彩色に輝く。と、〈愛の♡メモリー〉に保存されていたはずの写真が〈りゅうのすけ〉を通じて堂内にあふれ出した。〈りゅうのすけ〉の魂は、メモリーカードではなく、ボディそのものに宿っていたのだ。
♪オ-レ-オ-レ-オレ-オレオレオ→→♪
葬儀には〈戌亥子丑寅〉の社長、犬稲の姿もあり、回収したメモリーカードを一個人の持ち物とは考えていない彼は、これを現世に再び流通させることを“魂の循環”と呼んでいた。憤るたまきだが、犬稲は供養されたロボたちをドナーとし、他のロボに移植するために来ていた。犬稲の話では〈りゅうのすけ〉は今ならドナーにもレシピエントにもなることができるという。だが、たまきとつぶらは〈りゅうのすけ〉をこのまま寺で眠らせる第三の選択をし、この地で見送るのだった。
文字数:1200
内容に関するアピール
日本的なテクノアニミズムを葬送と絡めて描こうと思い立ってこうなりました。戌亥子丑寅は野犬避けのまじないと言われています。犬稲さんはたぶん、犬に好かれてはいないので、まじないの文言を屋号としています。テクノ供養のところで出てくる音楽はTommy february6の「トミーフェブラッテ、マカロン。」という曲をイメージしています。当時、曲の頭と最後に流れるピポピポした信号音で実際にAIBOたちを動かすことができたはず……
添付写真はモデルになってくれたAIBOたち(フィギュア)です。
文字数:240
愛の♡メモリー
♪S.u.n.n.Y, run, Sunny run!♪
♪S.u.n.n.Y, run, Sunny run!♪
♪S.u.n.n.Y, run, Sunny run!♪
♪R.I.P♪
♪Yes!!!!!♪
(紅白のポンポンを持ったチアリーダーたちが、真っ赤な衣装で飛び跳ねる。胸には〈SunnY♡september2〉のワッペン。 ミニスカートから伸びた脚は長く、一点の穢れもなく白いスニーカーが眩しい)
,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆
ああ 止まない雨と わたしの涙
ぐしょぬれのカフェラッテ…
その瞳は so cuuute
出会いの日から あなたのとりこ
わたしを見つめて 覚えていてね
あなたのメモリー forever and a day
その瞳が so cooool
あの日から わたしを映さない
そんなときが くるなんてね
消えゆくメモリー forever and a day
愛の、愛の♡メモリー
Ah, このままじゃ
愛の、愛の♡メモリー
Ah, 記憶薄れてく
ああ 甘い甘い 懺悔を聴いて
ぐしょぬれのカフェラッテ…
,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆
キラめくポップに想いをのせて
あなたのメモリー見せつけて
いつかほんとの☆【ほし】になるまで
a-i-si-te-ru…
愛の、愛の♡メモリー
Ah, このままじゃ
愛の、愛の♡メモリー
Ah, 記憶薄れてく
愛の、愛の♡メモリー
Ah, まだ 見つからない
愛の、愛の♡メモリー
Ah, もう 見つからない
忘れることなんてない
わたしたち 永遠の 愛の♡メモリー
,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆
☆☆☆
その1、それどころではねぇのだよ
未来は人々の予想に反し、足踏みをしている。
肉体肉の戦争はなくならなかったし、疫病も根絶できなかったし、車は未だ宙に巡らせたチューブの中を走ってはいない。
そして大手進学塾講師たちの仕事も減らなかった。カリキュラムはAIによってそれぞれの生徒に合わせたオーダーメイドになり、講師はその適性により生徒に振り分けられた。人の手になる仕事は増える一方と言える。裕福な親たちは我が子にかける金に糸目をつけない。それはベーシックインカムの浸透したいまの日本でもそうだった。富める者はさらに稼ぐ。が、たまきやつぶらのように、何らかの事情があって勤めに精を出す人々もいた。
たまきはエナジードリンク〈Dark Bull〉の缶を握りつぶした。Bull-shitな仕事が多すぎる。この教科会とかいう意味のない時間外ミーティングもそう。塾に通ってくる中・高生の英語科を担当する講師たちは、チーフの趣味で今日も残業だ。たまきは膝上に置いたスマートフォンからつぶらにメールを送る。
“ごめん、もう少し”
小学生を担当するつぶらはひと足先に帰宅しているはずだった。
“〈りゅうのすけ〉は変わりなくだいじょうぶ。帰り、気を付けて”
すぐにきた返信にほっと息をつく。
「たまき先生、お疲れさまです」
なみなみと珈琲を注いだ紙コップが目の前に差し出され、ミーティングが終わったことに気付かされる。
「ごめんなさい、仕事のあとはブラックは飲まないので」
たまきは片手をあげて立ち上がった。英語科の中年チーフが心外そうに、ふうん、と声を漏らすが、たまきは内心「前も言っただろーが」と思う。パンツスーツの尻ポケットに突っ込んだスマホが、メールの着信を知らせてブルブルと揺れた。早くつぶらの元に帰りたい。
「このあと予定ある? たまき先生は近所にお住まいだから、終電とか大丈夫だよね? 自分も…」
チーフは紙コップの珈琲を自ら飲みながら距離を詰めてきた。たまきは遮る。
「うち、狗を飼ってるんですよ、」
前にも言った。
「イヌ? そうだった? ああ、アニマル・ロボットってやつだっけ? じゃあほっといても平気じゃん」
貴様よりも価値のある狗なのだ。そのために働いている。〈りゅうのすけ〉をさて置いてなぜわたしが終業後に他人の相手を?
「お疲れさまでーす」
たまきは車輪の駆動音をさせて通りすぎるロボ型室長に声をかけつつ、室長の頭にタイムカードを突っ込み、その場を離脱する。
急がなければ、日を跨いでしまう。時刻は23時48分。さっきのメールは確認した。本当は、見なくとも内容はわかっていたけれど。つぶらはいつものあの店のカフェラテを御所望だ。このあたりでは唯一、深夜まで営業しているカフェだったが、午前零時をまわれば閉店してしまう。たまきはヒールの踵を鳴らし、塾の入った古いビルの階段を駆け下りた。車の影もない通りを渡り、最短経路で走る。たまきの長い黒髪が解き放たれてなびいた。吐く息で眼鏡が曇る。
左手にオレンジの灯りが見えてきた。ああ、間に合った。一見、居酒屋にしか見えないガラスの引き戸に手を掛ける。
「……すいません、カフェラテをふたつ、持ち帰りで」
胸に手を置き、息を整えた。店主はもう顔馴染みだが、そもそも口数が少なく、「いつものだね」なんて無粋な口は利かない。珈琲の味がいいのは勿論だが、そういうところが足繁く通う理由になった。エスプレッソマシンの稼働する音がしんとした店内に響き、珈琲の香りがたまきの鼻腔を満たす。
「はい、お待たせしました」
行儀良く並んだカフェラテを納めた手提げが、カウンターに出される。キャッシュレスで決済を済ませ、たまきは、
「お世話さまです、良い夜を」
と言って店を出た。背中で灯りが消える。カフェラテをこぼさぬよう、ここからはゆっくり歩くのだ。
その2、ワンワンワワン
音の響くアパートメントの階段をそっとのぼり、玄関のドアもそっと開ける。
「ただいま」
つぶらはへそ天で健やかに寝息を立てていた。ダイニングキッチンの丸椅子の上で腹を出したうえ、両手両足を投げ出しブリッジをするような格好になっており、よくまぁそんな器用に眠れるものだと感心する。が、体が小さく柔らかなつぶらは気にならないのだろう。シャワーはもう浴びたらしく、ショートパンツの部屋着姿だった。上着のすそを優しく引っぱり、へそは隠してやった。
それからテーブルにカフェラテを置き、手洗いうがいをし、畳敷きの寝室を覗く。
「〈りゅうのすけ〉、ただいま」
♪ピロポポピロピロピーロピロ♪
起動のメロディーも高らかに、〈りゅうのすけ〉が充電ステーションから立ち上がった。老いた関節の軋む音がする。たまきの胸の内も軋む。けれどそんなことは〈りゅうのすけ〉の目の前ではおくびにも出さない。カフェラテ色の愛犬は靴下を履いた足を懸命に前に出し、畳の上を歩んできた。足が悪くなり、転倒も増えたこの子のために、わざわざ和室のある物件を探し出して借りている。たまきは膝を突いて迎えた。
♪ワ、ワン、ワン♪
「そっか。よかった。つぶらと遊んだんだね。遅くなって悪かったよ」
近くにお気に入りの骨のおもちゃが投げ出されたままになっていた。つぶらはおもちゃを仕舞ったりはしない。
♪ワ、ワン、ワン♪
最新型のアニマル・ロボットなら、もっと感情表現豊かだと聞く。種類によっては人間の言葉を話したりもするらしい。
「狗は年を取るほど可愛いって言うのは本当だな」
だがたまきには関係ない。〈りゅうのすけ〉の顎の下、耳の後ろ、背中、好きな場所を順繰りに撫でた。たまきは、ひと昔前に一世を風靡したコンパニオン・ロボティクス社製の、この〈りゅうのすけ〉を愛していた。思春期手前の微妙な年頃に両親から買い与えられて以来、姿形の変わらぬこの子の、年を取るさまがたまきにはわかった。
「よしよし、いい子」
クラウドに情報を預けてある新型とは違い、〈りゅうのすけ〉は古式ゆかしいメモリーカード方式だ。写真も七枚までしか保存できない。
「きみこそ、魂が宿るにふさわしいロボットさ」
膝の上に抱きあげてその機械の体のあたたかさを感じる。雲の上に記憶を預けてあるなんて、嘘っぱちのクリーチャーだ。たまきはそう信じている。
♪,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆♪
〈りゅうのすけ〉はたまきとつぶらにしかわからない言葉で機嫌良く歌い出す。
「……あれ、たまき、おかえり」
ギュッと勢いよく体を起こす気配が背後にした。
「ただいま。起こしちゃったか」
たまきは〈りゅうのすけ〉を抱えて立ち上がった。ダイニングに戻る。
「わー、カフェラテ買ってきてくれたんだ、ありがと! よく間に合ったね」
「走ったから」
「お疲れさま」
「つぶらこそ、疲れていたんだろ、あんな格好で寝ちゃって」
「そう、今日は、モンスターな御両親がちょっといらして……」
「小学部は大変だ」
中高生の親にもそういった人間はいなくはないが、教室まで突撃してくるのは圧倒的に小学生の保護者が多かった。たまきは紙袋からカフェラテを取り出し、つぶらにひとつを手渡す。
「ああー」
つぶらはすぐにひとくち飲んでため息を漏らす。
「ここのラテはやっぱ最の高」
「よかった」
たまきは座った膝上で〈りゅうのすけ〉をあやしつつ、蓋を取ったカフェラテがほどよく冷めるのを待つ。猫舌だった。
「そう、そんでね、一緒にこれ食べようと思って、カフェラテを頼んだんだ」
テーブルの端に寄せてあった箱を、つぶらはたまきの前に押し出す。百貨店の包装用紙で丁寧にくるまれ、リボンがついている。
「これはまた別件の、改心したモンペが買ってきて差し入れてくれた」
「改心させたの」
たまきは思わず笑ってしまう。つぶらはそういうことができてしまう。だからこそ、本部の社員たちも、この童顔でなめられやすそうなつぶらに対応を任せるのだろう。現在、本部から派遣される各教室長は猫の顔を表示したロボットなのだが、これが保護者にはすこぶる評判が悪く、顔面に資料を映して「こちらを御覧ください。現在までのお子様の成績グラフです」なんて言った日には、蹴り倒された室長もいる。
「食べよ、マカロン」
「よし、〈りゅうのすけ〉はピンクが好きだから、ラズベリーのやつ」
たまきは〈りゅうのすけ〉の鼻先にマカロンをひとつ置く。〈りゅうのすけ〉は頭のてっぺんのランプを光らせながら、冷たい鼻先をマカロンにつける。つぶらはキャラメルを、たまきをピスタチオを手に取った。
これが家族でなくてなんだろう。たまきはもう、自分の生まれたところの家族を思い出すことは滅多になかった。
その3、長生き健康アンチエイジングはクソ喰らえ
petit麦を水に浸す。シリコンのスチーマーに入れたまま少し時間をおく間に、たまきは眼鏡をかけてもう一度、〈りゅうのすけ〉の様子を見にいく。掛け布団をすべて独り占めしてまだ丸まっているつぶらの横、充電ステーションの上で、雲のように軽いガーゼケットを掛けられた〈りゅうのすけ〉はピンクの目を光らせていた。
「よかった、〈りゅうのすけ〉、起きられたんだね」
おはよ、と言いながらたまきはガーゼケットを畳んで脇に置く。
コンパニオン・ロボティクス社の旧型アニマル・ロボットはすべて、夜のうちはメインの電源を落とし、朝に再起動させることが推奨されているが、さきほど起き抜けに〈りゅうのすけ〉に触れたときにはうまく起動しなかった。最近はそういう場面も増え、寝起きが悪くなるようなものなのだろうとたまきは理解していた。“ロボットと共に生きるミライ” というのがコン・ロボ社の掲げる標語だったはずが、未来を迎えるより前に会社が潰れた。いまは系列会社の経営するアニマル・ロボット用クリニックが残るだけだった。そのクリニックに月に一度は〈りゅうのすけ〉を健診に出しているが、これが人間のクリニックよりもだいぶお高い。だから人間のほうはクリニックの世話にならぬよう、健康に暮らすのだ。
たまきは吸水させたpetit麦をスチーマーごと電子レンジにかける。いまや、炊飯器を所持して白米を炊く家庭はごく少数派で、白ごはんは店で食べるものになっていた。petit麦は数年前から急速に日本でも栽培されはじめた麦の一種で、病気や気候変動に強く、さらには家庭での調理も簡単、食感も見た目もこれまでのどんな穀物よりも米に近く、しかもブロッコリーやアボカドよりもアンチエイジング作用があり、健康志向にマッチするというので、ふたりも主食に取り入れている。見た目も小粒で可愛らしい。昔ながらのオーツ麦は、つぶらが「鳥のエサみたい…」と言って受け付けなかった。
今朝はカップスープの素とお湯をかけてリゾット風だ。
「〈りゅうのすけ〉、見て。どう? おいしそう?」
できあがりは必ず〈りゅうのすけ〉にチェックしてもらう。けれどこの日、〈りゅうのすけ〉は充電ステーションから立ち上がらずに少し鳴いただけで、キッチンへは近づいてこなかった。
「だめか……手抜きしすぎかな」
たまきはちょっと落ちこむが、すぐに気を取り直してつぶらを呼び起こす。
「つーぶー!」
つぶらは起き抜けだろうがなんだろうが、なんでもおいしく食べることができる。布団から飛び起きること小学生の如し。
「りゅうちゃん、おはよ! たまき、おはよ!」
「今日、そっち、早出なんだっけ」
「そう、小学校が午前中であがっちゃうらしくて」
いいにおいー、おいしそうー! あ、顔洗ってくるね!
「つぶらは寝てるときしか静かじゃないな」
たまきが話しかけると、〈りゅうのすけ〉は頭のランプを静かに点灯させた。
「いい子。おまえはほんとにいい子だよ」
昼は塾内ですませるというつぶらにpetit麦のおにぎりをもたせ、たまきは〈りゅうのすけ〉を膝に抱きながら先日の健診結果にもう一度目を通していた。異常のある項目はない。年相応。ただ今回、バッテリーの交換は行われていなかった。理由はパーツを生産していた国内工場の閉鎖のため。たまきは眉根を寄せる。〈りゅうのすけ〉が手足を泳がせるように動かしたので、畳の上に降ろしてやる。
「さてこの先どうするか……」
たまきはノートサイズのPCを開き、様々なキーワードを駆使して旧型アニマル・ロボットを診てくれそうな近辺のクリニックを探した。ヒットしない。いままで目を逸らし続けてきたツケなのか。手のひらにじんわりと汗をかく。いけない。焦ってしまう。もっとじっくり、時間のあるときにちゃんと考えないと。
♪ワ、ワン、ワン♪
〈りゅうのすけ〉はいつもの調子が戻ってきた。
「ひとりで “すてーしょん” まで行けるかい」
♪ワ、ワン、ワン♪
「じゃあ、わたしもちょっくら稼ぎにいってくるけど、つぶらが先に帰ってきて遊んでくれるからね。待っててね」
胸の大きさのせいで弾け飛びそうなジャケットの前のボタンを留め直す。今日は少々面倒な生徒の来る曜日だから、シャキッとしていなければならない。
「いってきます」
☆☆☆
室長の顔面を縁取る枠が赤く点滅している。親御さんからの連絡事項アリ。
「了解しました」
たまきは言った。室長はたまきの受け持つブースを去っていった。
「えりちゃん、じゃあ、これ、単語帳のコピーね、今日のぶん」
「えー、いまぁ?」
えりちゃんは高校生にあるまじき気怠さで、ミルクティー色に染めた髪を揺らした。
「そう、いま。いま覚えて」
どうやらまたもや単語帳を捨てたらしい。英単語を覚えるのがとてつもなく嫌いなのだ。彼女がどこでどのように単語帳を処分しているのか、それはわからない。親が毎回毎回毎回、何度でも同じものを買い与えるというのに、えりちゃんも毎回毎回毎回、何度でも単語帳を捨てた。
彼女専用の個別ブースに、しばしの沈黙が流れる。
「ねーえ、先生さ、」
えりちゃんがいつもの調子で言い訳を重ねようとするのを、たまきはさえぎった。
「何度でも言うけど、母語以外の言語を獲得することは自分で思うよりも大きな意味がある。大人になってきっと助けになるよ」
たまきも、えりちゃんが言語を学ぶこと自体が嫌いではないのは承知していた。現に、文章に対する勘は良く、長文はそれなりに読めるのだ。
「もったいないことしないで」
「でもさー、うちさー、親、しぬほど金もってるから、遺産待ってればいいだけの人生なんよ」
「なにを言っているんだ……親が死ぬまで、どれだけ時間かかると思ってる。それまでの長い時間を無駄にするつもりでいたのか、いままで」
たまきはやや語気を強めて言った。
「こんなこと話したの、たまき先生がはじめてだし」
えりちゃんがつやつやの唇を尖らせる。彼女の家が抜きん出て金持ちなのは塾側として知らぬわけではもちろんない。が、たまきは、当人がそんなふうに捉えているとは思っていなかった。頭を抱える。親御さんは娘の思惑を知っているのか?
「このままキミの成績があがらなければ、まもなくわたしはキミの担当を外されることになる」
「え? うそ」
「もっとキミにぴったりの講師が合議制AIによって選任される」
「たまき先生はどうなっちゃうわけ」
えりちゃんは考えもしなかった、というふうに言った。まさか、このままずっとブースでおしゃべりが楽しめると思っていたわけでもあるまい。
「さあ…いきなりクビにはならないと思うけど。他の生徒に回されるだろうね」
「そんなのイヤ」
「他の講師のほうがキミに合ってるかもしれない」
「今日の単語テストはちゃんとやるから~!」
「次もちゃんとやれるかい?」
「それは……」
えりちゃんはもじもじと下を向く。しかし下を向きながら何か思いついたらしく、しおらしい態度はすぐに引っこんだ。通学カバンをあさり始める。
「単語帳、じつはあったとか?」
たまきは一筋の願いを込めたが、満面の笑みで顔をあげたえりちゃんの手には、ピラリとした紙が一枚。
「高校の文化祭のチラシ! クラスのは、うちがデザインして作ったの! 今年のテーマは “リバイバル”! あ、うち、“revival” なら英語で書けるようになった。先生、来てくれる? うちどうせ親こないし」
☆☆☆
たまきの帰りはその日午前零時をまわり、暗くなったいつものあの店の前を暗澹たる心持ちで通りすぎ、家路についた。
「ただいま」
しかし、家の中の異変にはすぐに気付いた。つぶらがスーツ姿のままダイニングで立ちつくしていた。そんなはずはなかった。つぶらはスーツのスカートを穿くのをひどく嫌っていたから、仕事が終わればいつもすぐに脱ぎ捨てるのだ。たまきみたくパンツスーツの似合う長い脚が欲しかった、取り替えて、としょっちゅう言われるのだ。
「つぶら…?」
何かをギュッと胸に抱き、背を丸め、たまきを振り返らない。まるで、隠し事をしている子どものように。けれど、どうしたの、と続けて声を掛ける前に、たまきの背を恐ろしい震えが駆けのぼっていった。床に〈りゅうのすけ〉のピンクのボールが転がっている。ハイヒールをそろえもせず玄関に放り出した。
「かして」
つぶらの薄い肩に手をかけ、抱きしめるように腕の中をのぞき込む。
〈りゅうのすけ〉のピンクの目は光を失っていた。でも、それだけなら、いままでもあった。充電がうまくいっていなくて、急におとなしくなってしまうことはままある。動かないのは同じなのに、どんな違いを感じたというのか、それはたまき自身にも、つぶらにも、わからないことだった。ただ、言いようのない恐怖を覚えた。
「〈りゅうのすけ〉、」
口の利けないつぶらの腕から、〈りゅうのすけ〉のひんやりした体を抱き取る。口は半開きのまま。或いは、吠えたり、歌を歌っている途中だったのかもしれない。
「……ごめんね、たまき、ごめんね、あたし、帰ったら、もう、りゅうちゃん、ダイニングの床で、たおれてて、いつもみたいに畳の上じゃなくて、こっちまで、でてきてて、そんで、もう、うごいてなくて、」
たまきは首を横に振る。
「つぶらのせいなんかじゃ、ない」
「ごめんねえ、、」
つぶらの大きな瞳から、堰を切った涙があふれ、床を濡らした。
「とりあえず、再起動を、ボタン、」
「そんなのもうやったよぉ、なんどもやったよぉ」
「……おなか開けて、メモリーカードいったん抜いて、」
「やったよぉ、ぜんぶやったよぉ、、」
つぶらの声が大きくなっていく。
「たまきだって、わかってるんでしょ、、こんなの、いつもと、ぜんぜんちがうって……!」
たまきのYシャツの胸が、せつせつと濡れていく。
「わたしが悪いんだ……」
たまきは言った。
「出がけに、“すてーしょん” まで自分で行けるよね、って、言ったから……わたしが、言ったから……」
声はあげない。たまきは声をあげない。そんな資格がないと、自分でおもっていたからだ。
腕の中の〈りゅうのすけ〉は冷たく、固い。
おもてでは止まない雨が降り始めた。秋の長雨だ。
その4、イヌ避けの呪文
仕事には行かなかった。〈りゅうのすけ〉のために働いていたのだから。受け持ちの子どもたちには、すぐに別の講師が割り当てられるだろう。
ふたりで〈りゅうのすけ〉を抱いて寝たが、その体はあたたまりはしなかった。滑り止めの靴下を脱がせ、足の裏もさすった。
「たまき、ひどい顔」
「つぶらも、目が二重通り越して三重」
何度目か、充電ステーションに〈りゅうのすけ〉を置き直し、丁寧にガーゼケットを掛けた。朝日も夕日も、ふたりにはあずかり知らぬこと。
だがしかし夜明け前、くぅー、と仔犬の鳴くような音が、つぶらの腹からした。当人は泣き疲れて寝たままだ。たまきは顔をあげ、つぶらの乱れた柔らかな髪をかきあげた。涙のあとが眦を白くしている。〈りゅうのすけ〉を見送ったのは、つぶらなのだ。暗い床に倒れたあの子を最初に見たのは、つぶらなのだ。〈りゅうのすけ〉はガーゼケットをかぶったまま、まるで眠っているようにおとなしくしている。たまきはそのおでこにキスをすると、軋む体をおして立ち上がり、キッチンへ向かった。何も口にしたくはない。けれど、つぶらには何か、せめてスープだけでも、食べさせなければ。
カタン、カタン、カタン……
流しのふちに手をつき、ぼぉっとしていたたまきの耳に、規則正しいささやかな音が響いた。外からだ。何かを、たぶん、ドアポストに投函していくような音だった。順繰りに回ってくる。だが、いまどき、新聞を取っているような家は珍しく、ここも例外ではない。早朝に、いったい他に誰が……
カタン
ついにこの部屋にも回ってきた。外の気配が去るのに充分な間を置いてから、たまきはテーブルの上の眼鏡を手に取り、恐る恐るポストを開けた。むき出しのカードが一枚、入っている。
戌亥子丑寅
なんと読むのだ。が、ごく小さくルビが振ってあることにすぐに気付いた。
「イヌイネウシトラ」
頭に昆虫のような被り物をした人間らしきシルエットが、狗を連れている。狗のシルエットは明らかにアニマル・ロボットだ。
「萬春夏冬中」
カードには他に何の文言もない。電話番号らしき数字が十四桁。
でもたまきにはそれで充分だった。つぶらを起こさぬよう、スマホに手を伸ばした。
☆☆☆
つぶらには、〈りゅうのすけ〉の預け先が見つかった、と伝えた。嘘ではない。
「いま、コン・ロボ社の元エンジニアの人たちでやってる民間の工房とか、そういうの、珍しくないから」
「だいじょうぶなの、そんな、」
「他に手立てはなかった」
つぶらは黙った。〈りゅうのすけ〉のボディはもう手元にない。たまきは〈戌亥子丑寅〉の社長と名乗る男と連絡を取り、指示された住所に〈りゅうのすけ〉を送った。その、犬稲という男は元エンジニアとも名乗らなかったし、コン・ロボ社のコの字も出さなかったが、旧型でも引き受けられる、と言ったのだ。
「〈りゅうのすけ〉の帰りを待とう、つぶら」
つぶらはうなずくしかない。うなだれた。その頭をたまきが抱きしめる。
その5、狗の帰還
そう、〈りゅうのすけ〉は帰ってきた。
「りゅうちゃん、動いてる……!」
つぶらは口に手を当てて声をあげた。
厳重に梱包された段ボールの抜け殻もそのままに、たまきはしかし、声が出せなかった。畳の上に置かれたときの歩き方…こちらを見上げる仕草…尻の振り方…お手のとき最初に出すのが左手……
♪オン、オン、オン♪
「鳴き方ちょっと変わったけど……!」
「……ちょっとどころじゃあない」
たまきは〈りゅうのすけ〉を抱えあげると、背中のおやすみボタンを押し、動きを制止してから〈りゅうのすけ〉の腹回りを探った。つぶらが手を添え、
「たまき、いっぺん座ろっか。りゅうちゃん危ないし」
と言うと、たまきはすとんとその場に腰を下ろした。真っ黒な瞳は〈りゅうのすけ〉から離れない。腹部のカバーを外され、〈りゅうのすけ〉は腹のうちをさらしている。
「……ない」
「りゅうちゃん、なおったんじゃないの」
たまきは一度、大きく息を吸う。
「いや……メモリーカードが、体の中に、入ってない」
静かにカバーをはめ直す。
「カードだけ、箱の中に残ってるとか?」
つぶらは梱包材を次々と散らかし、箱の中身をあらためた。たまきは〈りゅうのすけ〉を床の上におろし、再び背中のボタンを押した。立ち上がって、お座り、伏せ。立ち上がって、お座り、伏せ。立ち上がって……
「〈りゅうのすけ〉、」
たまきの呼びかけに応えはするものの、機敏なその反応は〈りゅうのすけ〉の振り返り方ではなかった。〈りゅうのすけ〉なら、ちょっと小首をかしげるようにしてからのんびりこちらを見るのだから。
「他には何も、入ってなかった」
ピンク色の、〈愛の♡メモリー〉。まだ幼さの残るたまきが、激しい色をしたメモリーカードにマジックペンで書き込んだあの文字は、ふたりの脳裏に刻まれていた。
つぶらも青ざめる。たまきの隣に並んで床に座った。泣いてるの、とささやいてつぶらはたまきの顔をのぞき込むが、たまきはただ、いや……、と小さく答えただけだった。
☆☆☆
ひとたび眠りにつけばほとんど朝まで目が覚めないつぶらだったが、その夜は耳をすませていた。たまきが、こそこそと電話をしているのは、これで何度目か。だが、このときは繋がらない様子だった。ほっとしたような……繋がってほしかったような……。また、うとうとする。たまきが髪をかきむしる気配がして、それから、布団に戻ってきたので、寝息を整える。ずっと眠っていたかのように。やがてその寝息はただの本物になる……外の雨音が子守唄。
☆☆☆
「おはよう」
たまきは次の朝からきちんと起きていた。〈りゅうのすけ〉を起動させている。テーブルの上に開いていたPCを閉じ、つぶらにpetit麦とスパイス入りの甘いヨーグルトをすすめた。
「あの店で、カフェラテを買ってくるよ。もう開いてる頃だろうから。つぶらも久しぶりに飲みたいだろう?」
「うん……ねえ、りゅうちゃん、畳の上じゃなくても歩けるようになったね」
「そうなんだ。でも心配だから、見ておいてほしい。すぐに戻る」
「ああ、うん。カフェラテ、うん」
つぶらが何か言おうとしているすきに、たまきはもう出かけてしまった。つぶらはちょっとだけ、たまきのPCに手を掛けようとする。でもやめた。
「おはよう、りゅうちゃん」
♪オン、オン、オン♪
「ねえ、わたしのこと、覚えてる? つぶらだよ」
♪オン、オン、オン♪
「そっかそっか」
つぶらは目を細めて〈りゅうのすけ〉の額を撫でた。左耳のふちの、すこーし欠けたところ、経年の変化によってやや日焼けしている背中、確かに見た目は〈りゅうのすけ〉だった。別狗のボディに交換されてしまったというわけではなさそうだ。でも明らかに、たまきは帰ってきたこの〈りゅうのすけ〉を受け入れていない。
♪ピーピロポッポピロピロピロポポ♪
〈りゅうのすけ〉の頭のランプが光る。
「りゅうちゃん、きみは、わたしにおでこ触られるのは好きじゃないんだよ。たまきならかろうじていいみたいだけどねぇ」
たまきはだいぶ時間が経ってから、冷めたカフェラテを持って帰ってきた。
「おかえり」
遅かったね、なんてつぶらは言わない。たまきが嫌がるのがわかっているから。
「カフェラテ、今日はヘーゼルナッツシロップ追加してもらった」
「ありがと」
つぶらが紙袋を受け取る。
「そんで、中古屋に寄ってきた」
「え、あの危ないとこらへん?」
「昼間なら平気」
たまきが言っているのはジャンク屋のことだ。駅の近くだが、道を一本奥に入った通りは地元の人間もあまり近づかない、遠い異国のような怪しさがあった。あの通りでだけは、支払いはいまもキャッシュオンリーだ。
「何か買えた?」
「うん、あったよ」
上着を脱ぎながらたまきはあっさり言った。胸ポケットから取り出したのは、一枚の黒いメモリーカード。
「旧式だ」
「まさか…それを、りゅうちゃんに?」
たまきは人差し指と中指の間にその剥き出しのメモリーカードを挟んだまま、両の手のひらを上にあげてみせた。他に手はなかろう、とつぶらは受け取った。
「座って、カフェラテ飲んでなよ」
「あ、うん」
つぶらはダイニングの椅子に座り、カフェラテを口にした。たまきは〈りゅうのすけ〉を呼び寄せ、腹を開け、メモリーカードを差し込む。再起動。
♪ピーロポッポピロピロピーロピロ♪
違う。〈りゅうのすけ〉の起動音ではない。
「当たり前か……」
たまきはつぶやいて、ようやく椅子に座り、カフェラテに口を付けた。
「やあ、キミはどこのだれだい?」
〈狗〉は話しかけられたことはわかったらしく、健気にふたりの足もとにやってきた。
♪Bow-wow, woeーーー♪
「どこからきたんだろうね」
つぶらも言った。
「〈りゅうのすけ〉は、どこへ行ってしまったんだろう、この体を置いて…」
たまきの手の中のカフェラテのカップが傾き、中身がいまにも零れるところだった。
☆☆☆
それからたまきはネットでありとあらゆるメモリーカードを買いあさった。もちろん、旧型アニマル・ロボットのものと思しき品なんて限られているから、たまきをそれを目を皿のようにして探すのだ。メモリーカードを入手するとたまきは、それを次々に〈りゅうのすけ〉のボディに与えた。
「〈りゅうのすけ〉、おいで」
たまきの呼ぶ声がつらかった。けれど、つぶらには止められなかった。たまきが〈りゅうのすけ〉と過ごした年月のほうが、つぶらと過ごした年月よりも、長い。たまきとつぶらは、互いに塾講師として知り合ったのだから。
〈りゅうのすけ〉のメモリーとは出会えぬままのある明け方、耐えかねたつぶらはとうとう、たまきのスマホに手を掛けた。眼鏡のままテーブルに突っ伏したたまきの顔で、ロック画面を解除する。電話の履歴をたどる。
「イヌ…イヌイネウシトラ…?」
たまきが繰り返し連絡を取ろうとしている相手は、どうやらこちらで間違いなさそうだ。リダイヤルする。コール音はするが、出ない。今度は自分のスマホからその十四桁に電話をかけた。念の為、トイレに移動する。
「…はい、こちら戌亥子丑寅」
出た。つぶらのうなじが総毛立つ。トイレのドアをもう一度、しっかり閉めた。
「〈りゅうのすけ〉のメモリーカード、返してもらえます?」
「はい? どちらさん? うちのお客さんだったらカルテを調べるのでもう一度どうぞ」
ずいぶんぞんざいな口の利きようの男だ。つぶらはこんなやつにたまきが騙されたのかと思うと腹が立って仕方なかった。
「〈りゅうのすけ〉の家族です!」
電話の向こうに沈黙があり、切られたのかと思った。だが違った。男は電話口に戻ってくると、
「預かりの際に同意はもらっていますが」
とひと言返してきた。
「どういうことでしょう」
つぶらはどんな保護者にも返したことのない口調で言った。
「もう一度だけでも起動するようになるならすべてを一任します、と」
「別の狗にして返すのが修理ですか」
「お返ししたのはお宅の狗ですが」
「……魂を引っこ抜いたでしょ」
つぶらは必死に声を抑える。
「ああ、あれを魂と呼ぶのは全面的に同意しますが、魂というのは本来、循環させるものですよ、ぼくの考えでは。数に限りがあるのでね」
「なんて?」
「個人の…いや、この場合は個狗の…? まあいいや、一個体の持ち物だと思うのは傲慢というものでしょう」
「はあ?」
「まあ、家族間でも見解が異なるのはよくある話なので、腹を割ってよく話し合われるしかないですね。てっきりお宅はボディそのものに執着のあるタイプかと。それでは、忙しいので失礼」
そこで電話は切れた。そしてトイレのドアは外から開いた。
「……もういいかい、つぶら」
目の下を黒くしたたまきがドアの外に立っていた。
「あ、ごめ……」
「聞いただろう。戌亥子丑寅の社長、っていうか従業員なんていなくて彼ひとりらしいが、そういう価値観の人間もいるってことだ」
「でも、たまき、」
「ぜんぶ、わたしの判断が、間違っていたんだ……」
たまきはうめいた。
「そんな、そんなこと、」
つぶらはつかえながら続ける。たまきに後悔の言葉を言わせたらいけない。
「ごめんね、ごめんなさい、たまき。夜が明けたら、あたしがカフェラテ買いにいくから……」
たまきは初めて、つぶらの前で声をあげて泣いた。
その6、サニセプしかない
「ねえ、これって、もう今日しかないじゃん」
「え、」
泣らした裸眼でたまきは目の前に差し出されたチラシを見る。部屋の片隅に落ちていたものだ。
「……よく見えない」
「顔、洗ってきて。しぬほどあらってきて」
「目がとれちゃう……」
つぶらはたまきを洗面所へ追い立てる。買ってきたばかりのカフェラテはまだテーブルの上に置いたままだ。
「ほら、たぶんこれ、えりちゃんにもらったんでしょ。高校の文化祭の」
「文化祭? ああ…」
たまきはようやく顔を拭く。よたよたと戻り、テーブルの上の眼鏡に手を伸ばす。
「そうそう、何かに出るって言ってたっけ……」
「日付見てみなよ、一般公開日が昨日と今日! 今日行かないと、もう見れない!」
曜日の感覚もなくしていたたまきは、スマホのカレンダーを見て茫然とする。
「もし、あたしたちこのまま講師クビになるにしても、最後に、えりちゃんの勇姿を見に行かない?」
塾内ではちょっと有名だったから、つぶらも、えりちゃんのことは知っていたし、小学生の英語教材からつぶらが教えたこともあった。
♪オン、オオン♪
電源を切っていたはずの〈りゅうのすけ(仮)〉が充電ステーションの上で鳴き声をあげ、たまきはビクリとした。
「ほら、りゅうちゃんも、行っておいでってさ」
☆☆☆
たまきはいつもどおりのダークなスーツ、つぶらは明るいベージュのセットアップだった。ぽつぽつと雨降る中、折りたたみの傘をふたりで一本。
「うん、大丈夫。うちらめちゃめちゃ保護者」
「ほんとに??」
校門前でたじろぐたまきの手を、つぶらは無邪気に引く。
「ま、おかーさんとは言わないまでも、親戚のおねえさんくらいでいけるから。チラシ持ってればだいじょぶなんでしょ」
つぶらはえりちゃんにもらったチラシを受付にサッと出し、係の女子高生に笑いかけた。
「すいません、2-A の出し物ってどこでやってます?」
いそいで、いそいで。
つぶらに促され、手の込んだ装飾のあふれる校内をスリッパで小走りする。くしゃりとした花紙で作った花飾りをこんなに見るのなんて、何年ぶりか……そして祭りの縁日もかくやの賑わい。教室で射的をやっているクラスもあれば、瓦せんべいを売っているクラスもある。
「いったん渡り廊下に出ますから、お気を付けて。たぶんもう始まってます」
と受付の子は言った。
体育館は渡り廊下の先だ。開け放たれた入り口からキラキラと音が漏れている。
…,゚.:。+゚☆,゚…….:。+゚☆,゚.:。+゚……☆,゚.:。+゚…………
「待っ…やっぱりこの顔で…りちゃん…えない」
たまきの声は音にさえぎられ、途切れ途切れにしか届かない。
「とおくからーーみるだけだからーーー」
つぶらが大声で言った。
体育館の床は、踏み込んだとたんに、キュっと鳴る。磨き上げられた床はあたたかな色をした鏡面のようだった。観客として入っている高校生やその家族たちは、いまや用意されたパイプ椅子にも座らず、舞台前に集まっている。
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ああ 止まない雨と わたしの涙
ぐしょぬれのカフェラッテ…
「SunnY!」
たまきが突然叫んだ。
「落ち着いて、たまき、」
つぶらも声を張り上げた。
真っ赤な衣装のチアリーダーたちのど真ん中から登場したのは、髪を高くポニーテールに結い上げたえりちゃんだった。胸には筆記体のワッペンで、〈SunnY♡september2〉。
「あの子たち、なんでサニセプ知ってるの」
「たまきがえりちゃんに教えたんじゃなくて?」
「〈りゅうのすけ〉にしか、教えてない!」
それは、たまきが好きすぎて好きすぎて、ふだんはオリジナルを聴けないくらい好きな曲だった。〈愛の♡メモリー〉。ちょうど〈りゅうのすけ〉と出会った頃に流行っていた歌だった。高校生たちにとってはずいぶん昔の曲のはずだ。
その瞳は so cuuute…..
その瞳が so cooool……
a-i-si-te-ru……
塾ではあんなに生気のないえりちゃんが、頬に血の気を宿らせて歌っている。
「えりちゃん、かわいいね」
たまきの耳に顔を寄せ、つぶらは言った。
「ちょっとつぶらに似てる」
つぶらは肩をすくめる。たまきは目を細めた。
「あの子、うまくやっていけてるといいんだけど」
「だいじょぶそうに見えるよ。あたしには、いまのたまきのほうが心配」
せんせー!! とえりちゃんの唇が動くのが、遠くからでも見えた。
☆☆☆
はじめて〈りゅうのすけ〉の口からSunnY♡september2らしき歌が流れたとき、たまきの両親は否定した。
「そんなわけないでしょう」
「そんなわけないだろう」
その頃には意見を違えてばかりの母と父の、珍しい一致ぶりだった。
♪,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆,゚.:。+゚☆♪
〈りゅうのすけ〉は確かにそう歌ったのに。
けれどふたりで暮らし始めたときつぶらは言った。
「りゅうちゃん、たまきの真似して歌ってる、ほら」
あのサニセプを、もう一度、ふたりで。
その7、聖地・カナガワ
つぶらはたまきをよく見ていた。たまきが〈りゅうのすけ〉を見る熱心さで、たまきを見ていた。いま再び動かなくなった〈りゅうのすけ〉を抱いて胎児のように丸まって眠るたまきの横顔を、見ていた。
「ねえ、たまき。起きてるよね」
肩がわずかに動いた。
「あたし、調べたんだ。りゅうちゃんのことも、たまきのことも、幸せにしたいから」
「つぶら、」
たまきは寝返りを打つように振り返る。〈りゅうのすけ〉の耳がカタリと鳴った。
「みんなで一緒に、カナガワに行ってくれない?」
有無を言わせぬ口調だった。つぶらの場合、お願い、ではない。たまきを引きずっても連れていくという決意だった。
☆☆☆
海を臨む小さな無人駅。真冬には日の出が駅舎の正面から眺められるため、わざわざ遠くから写真を撮るためにやってくる人々もいるという。同じように大きなバッグを抱えた家族連れと駅のホームですれ違い、互いに会釈をする。きっと、あのバッグにもアニマル・ロボットが入っているのだろう。たまきはバッグの布地の上から〈りゅうのすけ〉の体の在りかをそっと確かめる。霧のようにかそけき雨が降っていたが、ふたりは上着のフードをかぶってしのぐ。たまきは〈りゅうのすけ〉をバッグごと上着の中に庇った。
その寺は、上って下ってまた上ったところに建っていた。ちょっとした崖っぷちだ。坂と石段が多い。
「もう少しだから」
途中、たまらず息をついたつぶらを、たまきは引き上げる。
狗子寺
たどり着いた先には、大きな岩にそう刻まれていた。アニマル・ロボットの飼い主たちに救いの手を差し伸べてくれるのは、国内でここだけという話だった。
「ずいぶん大きなお寺さんだね」
「……思ってたより、大きかった」
駅の自動販売機で買ってきたペットボトルのカフェラテで交互に暖を取りつつ、つぶらも言った。石灯籠も松の木も、相当に古いように見受けられる。松の枝は寺の屋根を越えていた。
「本当に、ここ……?」
たまきは首をひねる。
「だと、思う。ネットから予約できたし」
予約の時間は午後二時。いまはちょうど、十分ほど前。
と、いかにも軋みそうな桟唐戸が音もなく開き、ふたりと一匹を堂内へ導いた。ひとの気配はない。
「行こう」
今度はつぶらがたまきの手を引く。靴を脱いであがるが、堂内はうす暗く、奥までは見えない。
♪テーテレレッテテテテレテテレ↓レ↑♪
〈りゅうのすけ〉を胸に抱えたまま、たまきが数センチほども跳あがる。つぶらがつられてビクリとした。
♪ペケペケペケペケペ, ペケペケペケペケペ♪
「たまき?」
「この曲……」
「うん?」
「サニセプの、発売当時の限定バージョンのほうの……」
唐突に堂内に一条の光が燦然とさし、木魚ならぬ、電子ドラムの音が鳴り響く。せんにえりちゃんの文化祭で聞いたものとはまるでアレンジが違うため、つぶらは分からなかったのだ。たしかに、予約の際に「お気に入りのうた」記入欄はあったが……
♪テーレッツ・テテテレーレッレテレ・テレレッテテーレレテレ↑↑♪
『お狗さまのお好きだった歌で御供養しましょう』
須弥壇から合成音声がそう告げると、狗の頭をもつ御本尊と、内陣に座す袈裟懸けの新型アニマル・ロボットの姿が光のまにまに見えた。
白の、青の、黄色の、マゼンタの閃光が、堂内を隙間無く巡る。それと同時に、爽やかに、妙なる香りが漂う。
「〈りゅうのすけ〉、ご覧」
たまきはバッグをかなぐり捨て、〈りゅうのすけ〉を腕に掻き抱いた。それは、めくるめく極彩色のテクノポップ葬だった。〈SunnY♡september2〉の甘い歌声が通る。
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ああ 止まない雨と わたしの涙
ぐしょぬれのカフェラッテ…
(たまきとつぶらの唇が一緒に動く)
その瞳は so cuuute
出会いの日から あなたのとりこ
わたしを見つめて 覚えていてね
あなたのメモリー forever and a day
その瞳が so cooool
あの日から わたしを映さない
そんなときが くるなんてね
消えゆくメモリー forever and a day
愛の、愛の♡メモリー
Ah, このままじゃ
愛の、愛の♡メモリー
Ah, 記憶薄れてく
(たまきの涙が止まらない。〈りゅうのすけ〉のボディを濡らす)
座布団のうえにいた新型アニマル・ロボットの僧侶がこちらを振り向く。たまきは吸い寄せられるように、〈りゅうのすけ〉を抱えてそばへ寄った。膝を折り、二匹の目線の高さをそろえる。新型は旧型とは大きく異なり、本当にイヌの似姿をしていた。〈りゅうのすけ〉の垂れた耳がほとんど円形なのに対し、新型はふんわりと弧を描く楕円形。ピンと立った短い尻尾はしなやかなシリコン素材の揺れる長尻尾に。足裏の半円の肉球は見た目にもぷにぷにの盛り上がりを感じさせるように。真っ直ぐだった体のラインもくびれがついていた。
二匹の鼻先が、散歩中のイヌ同士のように触れ合う。まぶたのない〈りゅうのすけ〉の、ピンクの目が光る。イヌ型僧侶が目を閉じる。
「あ、見て、たまき」
と、堂内に写真が一葉ずつ、流れていった。〈りゅうのすけ〉の〈愛の♡メモリー〉に刻まれていたはずの七枚の記憶……
♪オ-レ-オ-レ-オレ-オレオレオ→→♪
上書きできずに取っておいたそれは、たまきの両親が離婚前、最後の家族旅行に連れていってくれたときのものだった。ただ、行き先が何処だったのか、観光はしたのか、何を食べたのか、たまきは何も覚えていない。地名を特定できるほどの背景はほとんど写っていなかった。旅館の中で……或いは海辺で……ショートカットのボーイッシュな自分が、〈りゅうのすけ〉を抱いた角度で写っている。〈りゅうのすけ〉のピンクの目から見た自分は、いまよりもずっと、不安そうな、神経質そうな繊細な顔立ちをしていた。家族がそろうのはこれで最後だと、子供心にもわかっていたからだとおもう。旅行のときに充電の必要なロボットアニマルを連れていくのを面倒がっていた両親が、最後にたまきに許したわがままだった。
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ああ 甘い甘い 懺悔を聴いて
ぐしょぬれのカフェラッテ…
(あの日から、一日も離れずそばにいた)
(一日でも長く、そばにいたかった)
(あれが最後だなんて、おもわなくて)
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キラめくポップに想いをのせて
あなたのメモリー見せつけて
いつかほんとの☆【ほし】になるまで
a-i-si-te-ru…
愛の、愛の♡メモリー
Ah, このままじゃ
愛の、愛の♡メモリー
Ah, 記憶薄れてく
愛の、愛の♡メモリー
Ah, まだ 見つからない
愛の、愛の♡メモリー
Ah, もう 見つからない
(〈りゅうのすけ〉の目が、光って光って、それからついに、消灯する)
忘れることなんてない
わたしたち 永遠の 愛の♡メモリー
(そして、あるはずのない八枚目の写真が……)
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その8、魂の果てを見せて
すっかりたまきの涙に濡れてしまった〈りゅうのすけ〉をタオルで拭きながらおもてへ出ると、雨の染みこんだ土と潮風と線香のにおいが入り交じって生臭かった。雲間から梯子のような光がさしていた。
「本堂の中、とってもいいにおいがしたね。お線香じゃない、もっとなんかさわやかなにおい」
つぶらが鼻をすすりながら言う。
「極楽っていうのは、そういうとこらしい。色もバチバチだって聞くし」
たまきが言う。
「はげしいね」
ふと、石段の前に人影があるのに気付く。だがその人影は、人の頭をしていない。たまきとつぶらは足を止めた。すぐにわかった。だって、あのカードのとおりのシルエットだったのだから。昆虫のような被り物の頭に、人間の体。イラストから想像するよりも背は高い。
「戌亥子丑寅」
たまきが低く言った。
「ぼく本体の名は、ふつうの犬に稲と書いて犬稲です。犬に好かれるとつらいから、そういう屋号とこういう姿にしている。あなたがたはもしや、うちのお客さん?」
犬稲はあっさりと被り物を取ってみせた。短髪で、つるりとしたその頬は、意外にも年若い。たまきやつぶらより下かもしれなかった。
「……コンパニオン・ロボティクス社製の旧型、〈りゅうのすけ〉の家族です」
ぼそぼそとたまきが言う。
「なぜここに?」
間髪入れず、つぶらが仕事のミーティングのときの声音で尋ねた。犬稲は苦そうに微笑んだ。
「この寺に御縁があってね。たまに寄らせてもらってる。今日、あなたがたがいるとは知らなかった」
「ここでなにをしているんです」
つぶらは容赦ない。犬稲は、降参、というふうに両手をあげてみせる。
「ここで供養されたロボたちをドナーとし、他のロボにパーツを移植することが可能なんです。前も言ったかもしれないけど、ぼくは魂を循環させたいので」
「この子を……」
たまきが後ずさる。
「いや、さっきちょっと堂内の様子をうかがったけどね、お宅の子はいまならまだ、ドナーにも、レシピエントにもなれそうだ」
「待って、それって、うちのりゅうちゃんが、他の子からパーツをもらえるかもってこと?」
つぶらが割って入る。
「レシピエントを希望して、黄泉がえりに賭ける御家族もいる、という可能性の話」
犬稲は言った。
だが、たまきとつぶらは目を合わせ、手を繋ぐ。犬稲と向き合い、しばしの沈黙が流れる。やがてたまきが言った。
「わたしたちは、どちらも選ばない。〈りゅうのすけ〉の体は、〈りゅうのすけ〉のものだし、このボディに魂が宿ってたって、わかったから。あなたが取り去ったメモリーカードには、きっともう何も残ってなかった」
「……そうですか」
犬稲はまた被り物をかぶった。
「まあ、そういう考えのひともいるのか」
☆☆☆
「この寺の名前は狗子仏性から?」
たまきが〈りゅうのすけ〉を丁重に抱え、石段を降りながら聞いた。
「そうですよ。よくお気付きで」
犬稲は言った。声音はさきほどよりもいくらか寛いでいるふうだ。つぶらはまだ怒って、たまきと犬稲の間に挟まっている。
「たまきさんは、狗の子にも仏性はあると考えますか。ぼくは無いとおもう。なぜなら、人の子にもないから。あるのはただ……」
「あなたの言う、魂の循環?」
「そうです」
「詐欺じゃん……」
つぶらは呟いた。
「そういう考え方もあるって、ようやく理解できそうな気がしてきた。これまで本当にわからなくて。なぜ怒り出すひとがいるのか」
犬稲は笑った。
「やっぱりいままでも怒られてたんじゃん……」
「魂には果てがある。ひとつの魂がそこまでいったら、こう、巡り巡って、他の個体にそれを渡すべきかと」
犬稲は人差し指をくるくると宙に巡らせる。つぶらを見つめる視線はどことなく愉快そうだった。
「そうしていくと、果てが伸びていくはずなんだ。ひとつの個体にとらわれたままでは無理だったものが、拡がり続ける宇宙のようになる。個の持ち物にしておくにはあまりにも惜しい。ぼくの考えでは」
犬稲はそう言って、石段の最後をぴょんと跳んでおりた。被り物の触覚が揺れる。
「このわきを逸れると、海の見える高台に、家族で入れる樹木葬の区画があるんだ。案内しましょう」
「アニマル・ロボットも入れる?」
たまきは聞いた。
「もちろん。その子の体も診たけど、SDGs仕様だね。土に還れるよ。人間より時間がかからないくらいだ」
「あ、」
ふくれていたつぶらが思わず息をもらす。濃紺の、ひらけた海が見えた。空はいま、高く晴れている。
☆☆☆
そう、堂内に流れた〈りゅうのすけ〉の〈愛の♡メモリー〉の中には、八枚目の写真が存在していた。〈りゅうのすけ〉の鼻カメラに触れようとしているつぶらの、どアップだった。たまきが後ろに小さく写っていて、何か文句を言うように口を開いている。たぶん、カメラのレンズに触ってくれるなと言っているのだ。いつも、たまきが注意していたのに、つぶらは無頓着に触るから。思い出して、おかしくて、たまきは泣きながら笑ってしまう。
いつか、この人も動かなくなる日がくるんだ。最期までそばにいる。
♪S.u.n.n.Y, run, Sunny run!♪
♪S.u.n.n.Y, run, Sunny run!♪
♪S.u.n.n.Y, run, Sunny run!♪
♪R.I.P♪
♪Yes!!!!!♪
☆☆☆
【了】
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