梗 概
#クリスマスに鈴の音を
初夏、大人たちが意図的にトナカイを絶滅させた。そのニュースを見たサンタの三田は白染めのひげをそっと撫でた。空飛ぶトナカイのいないサンタはただのおじさんだ。ほどなく国際サンタクロース協会会長から協会解散とサンタ廃業が通達された。
全世界でサンタの葬儀が行われた。三田も参列し、子供たちの隣で涙ながら手を合わせる。年一日しか働いてこなかった中年は無職の社会不適合者になり、一時的に弟家族の家に居候させてもらうことになった。
全世界がサンタロスのなか、子供たちは運動を起こす。三田の甥っ子でBTTFが好きな小五の聖斗は「#リメンバー・サンタ」をSNSで拡散した。三田はサンタの経験を生かして配達員に転職したが、すぐにクビになった。社会不適合者に週5勤務は耐えられなかったのだ。聖斗の父は運送会社の株を買い増ししていた。
更に聖斗はZoomで世界ポストサンタ会議を開催。サンタに哀悼の意を示し、プレゼントを享受するための機会づくりを考えた。しかし子供たちが好き勝手に喋っても何も結論は出ない。一方、三田は競馬を始めた。トナカイと馬の体の構造が似ていたおかげで割と勝てたのだ。万馬券を手にした三田からサンタへの未練が消えた。聖斗の父はホバーボード実用化のニュースで子供みたいにはしゃいでいた。聖斗はそんな伯父さんや父の姿に絶望する。
世界からサンタが消えて初めての12月24日。聖斗は笑顔の両親とクリスマスパーティーをした。ケーキは少しだけしょっぱかった。三田は有馬記念の予想を固めた。
翌朝、聖斗が目を覚ますと枕元にホバーボードが置いてあった。聖斗はリビングに駆け込んだ。大人たちは嫌だったのだ。たった年1回のプレゼントだけでサンタが子供たちから慕われていることが。クリスマスを家族水いらずで笑顔になる日にしたかったのだ。こうして聖斗はサンタの事をすっかり忘れた。何故なら子供にとって大事なのはサンタではなく、プレゼントを貰うことだから。三田は有馬記念でも勝ち、聖斗用のポチ袋に1万円を入れた。
ここまでが世間でのサンタ事変の顛末だ。しかし、体制側は違う。サンタ事変の目的はサンタの葬送ではなく、空飛ぶトナカイとソリの研究と技術転用にあった。空飛ぶトナカイとソリに使われている反重力技術が汎用化されれば、各方面で革新が起きる。世界中で諸問題を抱える人類には反重力技術の究明が切に求められていた。これまでは国際サンタクロース協会が技術を独占していたため、研究が遅々として進まなかったが、長年の地道な交渉と莫大な補償金により研究の障壁を取り除くことが出来たのだ。絶滅させたと報道したトナカイは保護地区で生きており、人々からサンタへの執着が消えた頃に自然に返す予定だ。
20年後、聖斗は反重力技術で実現した軌道エレベーターに乗り、トナカイの宇宙遊泳を眺めながら息子へのクリスマスプレゼントを考えている。もう鈴の音は聞こえない。
文字数:1199
内容に関するアピール
サンタ消滅SFです。サンタは現実と虚構両方に存在しており、我々は時折その現実と虚構を重ね合わせて楽しんでいます。では実際に現実と虚構のサンタが完全に混じりあって実在した場合にどのような事が起きるのでしょうか。
葬り弔い喪に服す行為は、その対象の評価を固め、人々の記憶から消えていくことへの赦しを示すものだと考えています。サンタが大人にとって、子供にとって、サンタ自身にとってどのような存在(評価)であったのか、サンタが消えたあと彼らにどのような変化が起きるのかを書きます。
実作は冒頭のみ三田の視点とし、残りは聖斗の視点から各自のサンタ観を浮き彫りにしていきます。クリスマスの浮足立つようなテンションで書ければと思ってます。技術転用については序盤から少しずつ匂わせていきます。
※「BTTF」は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の略です
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