梗 概
うさぎうさぎ、なに見てはねる
獣医学校を出て大日本帝国陸軍所属の獣医となった酒本は、瀬戸内海の島に送られる。
島で見聞きした一切を漏らさないという誓約書にサインし入島した酒本の仕事は、実験動物の管理だった。島では秘密裏に国際条約違反の化学兵器製造が行われ、その性能試験やガス漏れ感知にウサギや小鳥が使われていた。元々、毛皮用の養兎業の家に生まれた酒本はウサギの扱いがうまかった。動物舎で繁殖させて育て、各実験棟に送る日々を過ごす。
ある日、致死率100%の実験で何故か死ななかったとして一匹のウサギが戻される。その白ウサギは右耳の先が少しだけ黒く、酒本にひときわ懐いていた個体だった。生きて戻ったウサギに喜び「常草号」と名付けて調べる酒本。常草号は毒ガスを浴びたとは考えられないほど一切の外傷がなく、内傷で弱った様子もない。健康そのものだった。
常草号はもう一度実験に送られるが、また何もなかったかのように生きて戻ってきた。常草号はこの異様さから「不死ウサギ」として詳細な研究が行われることになる。酒本以外からの餌付けを拒むため、世話係として変わらず酒本がついた。実験に不安を覚える酒本だったが、若さを理由に参加させてもらえない。
島の診療院に、毒ガスの中毒症状を診る軍医として、湯上という男がいた。彼は、常草号の実験を行なっているのは獣医ではなく人間の医者だと言い、常草号は死なないのではなく「死ねない」だけではと続ける。
常草号は変わらず酒本の手からしか餌を食べず、酒本にだけ腹を見せる。日毎に常草号への哀れみが募る酒本。満月の夜に遠く月を見つめ暴れる常草号のことを、次第に月からきた地球外の生命なのではと考えるようになる。
しばらくして、酒本は島を管理する所長から「もう常草号の世話は必要ない」と言い渡される。そして「常草号の皮を剥ぎ、焼いた肉を人間に食わせ、不死の特性が移るか」を試す実験をすることを聞く。酒本は処刑覚悟で、常草号を連れて島から脱走し自由にしてやることを決意する。常草号はなにも言わず、酒本を見つめる。
酒本は港に向かおうとするが、そのとき空襲警報が響いた。焼夷弾が落とされ、あちらこちらから火の手が上がった。酒本は防空壕に逃げる途中、診療院が燃えていることに気付き、中から出てきた湯上と共に、助けられる人を助けようとする。しかし、それを見た常草号は、酒本の持つカゴから大きく跳ねて、その大火の中に飛び込んだ。事態に気づき火の中に追いかけようとする酒本を、湯上は無理やり防空壕に押し込む。
一夜明けて防空壕から出ると、診療院の火は消えていた。逃げ遅れた人ごと家屋は全て燃え尽きたかのように見えた。しかし、中の人々はみな倒れていただけで、誰ひとりとして死んでいなかったのだ。万歳三唱する人々をよそに、酒本は燃え尽きた診療院の中で必死にウサギの姿を探したが、ついぞ何処にも見つからなかったのだった。
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内容に関するアピール
仏教由来のうさぎの捨身の説話からの「死なないうさぎ」と、戦争というものについてです。うさぎが好きでそのかわいさについて取り扱ってきましたが、犠牲になるものとしての側面にはふれてきませんでした。そこに向き合ったお話を頑張って書ければと思います。
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