梗 概
空の絆
十年前に貨物機が墜落した。脱落したエンジンが小学校の教室に落ちたが先生と生徒の二人が亡くなっただけで残り二十九人の子供たちは奇跡的に助かった。
その一人、伊勢崎は全国テレビ三年目のADである。今年は一日テレビの一つのコーナーを担当し、生き残った同級生たちの今を追うというインタビューを行う。
地域のために消防団に参加する前島や看護師になった綿瀬、飛行機に乗れなくなった信金の敷島やイラストレーターの瀧口。猛烈に不動産営業する五十嵐に懸命にデイケアを回る成島。何人もにインタビューをして、窓際に座っていた女子の森が「貨物機が突っ込んでくる!」と叫んで、みんなで逃げたこと、そしてクラス唯一の知的障害児の中島と教師の盛岡が巻き込まれたことを思い出す。
伊勢崎は事故報告書を調べる。貨物機の積み荷のリチウムイオン電池が出火し墜落したことは細かく書かれている。一方、地上の様子の記録は僅かに過ぎない。だが、そこに残る証言は「飛行機が突っ込んでくる」であった。だが、自分も「貨物機」というのが覚えにあった。
中島の親にはインタビューを丁重に断られる。森は事件直後に転校した一人であり連絡が取れない。他の同級生へのインタビューを進める中、養護学校の教師となった灰谷が中島に言及する。彼が何をしたいのかは実は森がわかっているようだった、と。そして、今もそういうことをやっているみたいだよ、と。
森の名前で検索はしていた。その一件目に出てくるのは研究者の英語のウェブサイトで、出身大学しかわからなかったが、どうもそれが彼女らしい。メールでインタビューを申し込むと間もなく受けるという返信が戻ってきた。
打ち合わせで森はサイボーグの研究をしていると言った。AIの進化は劇的ではあったが次のブレイクスルーを待っていた。エネルギー効率の悪いニューラルネットの改善のために行われたのは物理的な神経細胞の模倣である。物理的な微細なニューロン構造は環境センサーの一種として機能する。それを活用するのが生物であり、サイバネティクスであった。
彼女はその構造を使って、従来の強化学習ベースでの知識獲得よりも高速な転移学習を実現していた。プロのサッカー選手のボールの蹴りをロボットに移す映像が公開されていた。「今は逆に人にもこの感覚を記憶させるというのもやっているんですよ。当日番組でデモしますよ」と言って、出演が決まる。
番組当日、インタビューのVTR集が流れ、そして、彼女のデモが始まる。誘導されるように事故のことを思い出し、光の点滅を見ると、伊勢崎は教室内の子供になっていた。立川南小学校の四年二組の教室であった。
休み時間に同じ教室の森を問い質す。森は驚いたようだった。あの実験は私が過去に戻る実験だったんだよ、と。そして、これから一時間後の墜落事故を止めるのだと言った。君も二回死にたくはないだろうしね、と既に過去が一度変わったことを知る。
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