梗 概
そして文身だけを視る
文様のなす彩墨回路により体温・血流・神経活動等の生体情報を外から読み取り可能にする電子文身は、感染症流行予防の目的で広く普及していた。港湾都市、西府では人々は身体のどこか(手首が多い)に親指大の電子文身である自己文身を入れている。AIやアンドロイド警官が人々の自己文身をモニタリングしている。
電子文身師は客の体質に合わせ染料を選び、意匠と実現したい彩墨回路のバランスをとる。自己表現としても発達した電子文身に、人々は記憶や物語、覚悟を刻む。高度な文身に刻まれた記憶は生々しい―――記憶の中の人物と、会話ができるほどに。
電子文身師の北久世綾の所に家出人の鈴が転がり込む。鈴は背中彫られた文字列のような新奇な文様の電子文身の消去を綾に頼むが、綾は無理だと断る。何故入れたのかと聞くと、鈴は昔、AI開発者の父親に入れられたと言う。
鈴が身元を隠すために自己文身を改変できるほどの腕の持ち主だと気づき、綾は鈴を弟子にする。飲み込みがよい鈴は西府を訪れる異国の文身師にも一目置かれ、そんな鈴を綾はリンと呼んで愛するようになる。綾は自分の才能ではなく、背中の文身が自分の身体を操っている気がすると打ち明ける。綾は鈴の文身の意匠を調べはじめる。
綾の運転で鈴と旅行へ出発したある日、凄惨な事故に遭う。目覚めた綾は失明していた。右腕の感覚に違和感を覚え、左手で触ると死亡した鈴の右腕が移植されていた。どうして才ある鈴でなく、自分が助かったのか。失意の綾は入院中、記憶を頼りに鈴のことを電子文身に刻み込む。退院する頃、文身により知覚される鈴=〈リン〉と対話できるようになる。それでも、自分のミスで鈴を亡くしたと罪の意識に苛まれる。
綾が文身所を閉じようとしていた矢先、フェイと名乗る客が訪れる。どうしても文身がほしいというフェイを断り切れず、施術をすると、肌触りが人ではなかった。文身を入れ終わると、綾はフェイに鈴と呼ばれ、フェイが綾の右手首の鈴の自己文身を読んだのだと気づく。
フェイは廃棄所から逃げてきたアンドロイドだった。電子文身認識AIを積んだフェイは電子文身で世界を視ていた。人々の文身に刻まれた記憶・物語・覚悟をありありと知覚できるのだという。人工肌に文身が刻まれたことで、初めて自分の身体が知覚できるようになったと喜ぶフェイは、綾に刻まれた〈リン〉とも対話を始めた。
綾は文身を学びたいと言うフェイを弟子にする。時折、鈴を重ねた。電子文身を通じて二人は接続し、綾はフェイと同種の文身認識AIとも対話できるようになる。古今東西の数多の文身の意匠と物語を学んでいく。フェイの客としてアンドロイドや義手のピアニストが訪れ、フェイは客達の理想の身体への想いを込めた文身を刻めるようになる。客は増えるが、同時に文身に操られている気がすると言われるようになる。綾はフェイの手付きから、フェイが鈴の背中の文身に似た文字を用いているのに気づく。
問いただすがフェイは逃げ出し、その最中、何者かに連れ去られる。綾は鈴の死以来避けていた鈴の部屋に行き、〈リン〉に導かれながら遺品を漁り、鈴の父親のことと、彼女の文身の文字が古代には〈禁字〉と呼ばれた情報量の多い文字をAIで秘密裏に発展させたものだと知る。〈禁字〉は一つの文字模樣で、一冊の本分の物語を表せるほどだった。
部屋に一体のアンドロイドが訪れ、綾を殺そうとする。綾は返り討ちにし、文身認識AIの力を借りて、アンドロイドに「〈禁字〉を知ろうとするものを殺せ」と〈禁字〉で書かれているのを知る。綾は自らに〈禁字〉を知覚すると文身する。〈禁字〉の文身を持つものがどこにいるかありありと視えるようになり、港の豪華客船の品評会に向かう。
客船ではパーティが開かれており、参加者の文身が暗闇で妖艶に見えた。会場ではアンドロイド文身師たちが参加者に〈禁字〉で文身を掘る中心で、解体されたフェイを見つける。〈禁字〉を利用して支配をもくろみるパーティの主催者に勧誘されるが、綾はことわり、フェイの部位を通じて会場のアンドロイド文身師と接続し「支配の夢が叶ったと妄想する」と〈禁字〉で参加者に刻み、フェイの左腕を持って去った。
ひとり自分の部屋に戻り、綾は右腕に鈴とフェイについての記憶を〈禁字〉の文身にしあげた。
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内容に関するアピール
文身を通じたアンドロイドと人間の身体を巡るファーストコンタクトものにしたいです。
現実にリアリティを寄せるかファンタジーっぽく仕立てるかは少し悩んでいます。
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