梗 概
絡む、稲妻と怒り
ある北の地。 屋外の物は全て凍てつくのがこの地の冬だ。沼や池も凍り付く。それが故に往来が容易となり、冬は人々にとっては社交の季節でもある。
南部では若いが名望あるホスクルドの屋敷では冬節の宴が開かれていた。妻を娶って初めてのもので、女のみの技である呪い・予言の名手を多く出す一族から嫁いだハルゲルズの主婦としての手腕が試される宴でもあった。泡酒は各々の角杯に満たされて喉を渇かす者はおらず、料理は皆が満足する味と量であった。
ハルゲルズのみでなく、新築の屋敷もまた賞賛された。首座近くの梁や柱に施された絡み合う幻獣や、伝統を守って描写された神々。おそらくハルゲルズの手になる豪奢な壁掛け。そして、斧である。ハルゲルズ個人の財産であり、柱のそれに似た文様が銀で象嵌されている。結婚に際して個人の財産として持ってきた宝を首座近くに飾ることは珍しいが、素晴らしい出来に誰も異議は差し挟まなかった。かつて領地境を巡って争いになったボズヴァルを除いては。
ハルゲルズの出身からして、何らかの呪を帯びているだろう、と言い始めた。このように酒も食べ物も豊富に準備することは若い主婦では無理だ、実家に頼るか呪いではないかと続く。宴の喧噪が止み、ボズヴァルとホスクルド夫妻、どちらへともつかない批判になっていった。さらにボズヴァルは続ける。ホスクルド自身が女のように呪いを使ったのではないかと。
酒の上とは言え聞くに堪えない罵倒を耳にし、ホスクルドが剣を抜く。周囲の者は客に対する加害を禁じた歓待の掟を口にしながら止めた。ホスクルドが剣の柄から手を離し、冬節が無事に終わると、次は女の怒声が屋敷に響いた。妻の受けた侮辱を放っておくのか。ハルゲルズだった。世代を跨ぎかねない争いは、平和が義務の集会で解決するものだ説かれる最中、ハルゲルズはひたと斧に視線を据えていた。
南部集会での有力者達を交えた裁きは、前例などを踏まえて、以前問題にした土地の境界線の移動ということで決着が付いた。ボズヴァルは以前決定したことの覆し、ホスクルド夫妻は被った侮辱には軽すぎると感じた。ことにハルゲルドは、実家の一族でも稀だと言われた呪い師の能力を封じた結婚を否定されたと感じ、持ってきていた斧をボズヴァルに突きつけた。
集会の平和が破られようとしたとき、うっすらと曇っていた空に幾筋もの稲光が走った。そしてそのうち幾つかは剣を抜いていた者の前に落ちた。雷神の怒りと解釈され、ホスクルド夫妻とボズヴァルの係争は、裁定どおり収めることを厳に要求された。ハルゲルドはこの出来事を深く悔やみ、個人財産のうち斧だけを持って実家に帰り、生涯呪いに手を出すことはなかった。
狭いキャンバスに銀で描かれた細い線ながら力強い幻獣達と微細な形式の文様を銀で象嵌された斧は実戦用ではなく装飾品だろうと解釈され、今は博物館でゆるりと時を過ごしている。
文字数:1197
内容に関するアピール
第4期・第9回「「20世紀までに作られた絵画・美術作品」のうちから一点を選び、文字で描写し、そのシーンをラストとして書いて下さい」を選びました。
趣味をぶちこんだので、少なくとも、考えて書いていて楽しかったです 。
女性が自らの能力を下に見られて怒る話なので、ヒロインの結婚前からきちんと書いたらフェミニズムものになるかもしれません。そして多分規定枚数には収まりません。
実物の斧は大英博物館と、ヨルヴィック・ヴァイキング・センターの共同保持だそうです。10世紀頃の制作で、文章内にも書きましたが実用品とはみなされていません。実物は見ております。
参考文献
『アイスランド・サガ』新潮社
『エッダ ―古代北欧歌謡集―』新潮社
『エッダとサガ』新潮社
『ヴァイキングの町』三省堂
『アイスランド・サガ 血讐の記号論』東海大学出版会
文字数:360