マジックミラー

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幸太郎は京都の、烏丸通りにある柿渋販売老舗「柿幸」の息子で、祖母、父母と妹と暮らしていた。幸太郎以外の家族は仲がいいが、幸太郎がいると居心地悪そうである。幸太郎は、高校を卒業したら家を出るよういわれていた。
 柿渋の匂いはきつく、幸太郎は家業が好きではなかった。
 大正時代に市電が通って敷地は半分になり、染料としての販売も第二次世界大戦のあとは化学染料のため全然である。江戸期より、これを精製してエキスを和漢薬とする家伝があった。エキスを買いに来る客は年々減るが、ずいぶん遠くからくるし、発送することもあった。父は外に勤め、妹の和美は家業する母を手伝っていた。今はない祖父は入り婿だった。和美が家を継ぐのは暗黙の合意だった。
 幸太郎の言動は見透かされ、変な雑誌を買ってもあっというまに見つかった。幸太郎はいつも、自分だけなぜこんなに勘がわるいのかと思っていた。
 幸太郎は卒業後、自転車でも通える、荒神口かいわいのバイオ専門学校に入学したが、学費を出す条件は下宿することである。柿幸は利益もないといって、下宿代や生活費までは出してもらえない。幸太郎はバイトに明け暮れた。たまに電話で話をすると家族は別人のように愛想がよかった。
 幸太郎は、その専門学校としてはやや給料のいい、蹴上の浄水処理施設に就職がきまった。それまで話をするだけだった同級生女子のアプローチがあり、結婚前提につきあいはじめ、実家に連れて帰ると、和美が血相を変えて反対した。その、あまりにひどい表現につきあい自体が消えた。ちなみに、この同級生はその後別の同級生男子と結婚するがすぐ離婚、悪い評判も流れてくることになった。
 数年後、上司の紹介の由美子と結婚するにあたって、由美子が家族に会いたがったので、まえのことを説明したうえで柿幸に連れて行った。和美は笑顔で迎え、家族全員、結婚式に至るまで愛想がよかった。披露宴もしてくれた。しかし、その後つきあいが濃くなることはなかった。
 子供ができ幸雄と名付けた。幸太郎の母親がはじめて、山科に住む幸太郎一家に様子を見に来た。幸雄を見て喜び、幸雄も幸太郎の母親の前ではうれしそうにしていた。母親は、はじめは京阪、地下鉄ができてからは地下鉄で通い、共稼ぎで働く由美子の子育てを手伝い、幸雄をかわいがった。幸雄は実家でも扱いがよかったが、幸太郎の扱いは相変わらずだった。
 成長した幸雄は、あまり幸太郎にも由美子にもなじまない。幸雄があまりにおばあちゃん子という由美子の不満を聞いて、幸太郎は母親を出禁にした。中学生の幸雄はそれでも柿幸に出入りし、幸太郎の祖母の最期をみとった。
 幸太郎はときに風俗である五條楽園にいったが、そのあとの幸雄の愛想はことのほか悪かった。
 幸雄には、当主をついだが結婚しなかった和美が受験勉強も援助した。浪人ののち、幸雄は、自宅である幸太郎宅からよりは近いとはいえ柿幸からもそう近いといえない、高野川をやや上がった国立の技術系大学に入った。化学系を専攻、柿幸の、幸太郎のいた部屋をもらって住み、通学や学費も援助された。住宅ローンで幸雄に金の出せない幸太郎は、引け目を感じ、柿幸などつぶれればいいとまで思った。
 伏見の酒造会社関連の化学薬品研究所に、就職がきまった幸雄は、外で働きながら、和美のあとをついで柿幸のつぎの当主になることになった。
 自分との扱いの違いに、軽く酔って柿幸にあがりこみ、憤懣をぶちまける幸太郎を、幸雄はおもてに連れ出した。幸太郎のあたまに思うことを次々とあてて見せて、そして、みんな何も言わないようにしてたんだけど、自分には父さんだからもう言ってしまうよと口を開いた。
 幸雄も柿幸の他の家族も、目の前の人間の考えることがだいたいわかるのだ。その体質同士ならお互いわからない。そのため、同体質同士で婚姻関係をもってきた。そこから体質のない子が生まれることはままあり、養子に出される。幸太郎が養子に出されなかったのはそれでも愛されていたのである。
 エキスはその体質を、完全ではないが弱くする。かってはエキスの販売網でこの体質のほかの家系とつながっていたが、いまは少子化で体質を受け継ぐものも減り、和美は結婚せず子供もない。体質のないものからまた体質のある子供が生まれるのは珍しい。幸雄はレアケースだった。体質を利用した仕事は危なく、日常には邪魔で、エキスを使ってふつうに暮らすのが家訓であった。幸雄は、研究室のテクニックを今後身につけて、エキスを強化するつもりであると語った。
 驚く幸太郎に幸雄は、他人なら我慢できるが家族の雑念が流れてくるのはつらいと、幸太郎の五條楽園風俗通いのことをいう。
 今も頭を読まれていると気づいて幸太郎は走って去った。
 その後、幸太郎は柿幸の家族とは電話でしか話さない。もっと強いエキスが完成するまで会う気はない。

文字数:1992

内容に関するアピール

京都の老舗は養子でつなぐという話があります。
 家族の中でひとりだけ頭の中身が見られ放題なのに気づかない状況と、出来が悪いといって子が外に出される話が似た感じで書けるかと思いました。
 この30年ほどの京都を舞台にしています。もっともらしい地名もいれています。わかる人にはわかるでしょう。
 自分の考えがすべて見通されているというのはいかにも厨二な設定で、見ている方の視点で書くことも考えましたが、見られていることに気づいた不快感が出せないと思ってこうなりました。
 ひとのあたまが読めるんだからそれを利用していいめに、ということも考えますが、そういう人たちはこのおうちとはつながっていないのだと思います。
 フラッシュフィクションというのがあまりわかっておらず、なるべくショートショート風にしましたが、物語のタイムスパンも長く、引き伸ばした梗概ですねこれは(笑 また短編に使えればと思います。

文字数:392

課題提出者一覧