霊山のある都市

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霊山のある都市

西暦1375年、その男は山の中にいた。
 この山は霊山だ。男は霊験を信じて修行をした。霊力を身につけ貧しい村を救うために。やがて修行の成果が表れ男の背中に翼が生え空を飛べるようになり、いくつかの能力が身に備わった。男は村に帰ることにした。夜、空に舞い上がり村を目指す。そのとき時空が歪んだ。男は空中で見えない壁に衝突した。

西暦2022年の六月。風が強い夜だった。
 何かが窓ガラスにあたった音で杉崎茜は眼を覚ました。一瞬、なぜ眼を覚ましたのかわからず、ぼんやりと薄暗い部屋の天井を見ていた。枕元の灯りをつけて時計を見る。午前三時を五分ほど過ぎている。(あ、そっかー、窓ガラスで音)茜はベッドから降りてベランダの窓に向かう。カーテンの隙間からベランダを見る。何かいる。(人? 倒れているの? でも、背中に)茜がベランダに出ようとすると、
それは消えてしまった。茜はベッドに戻り布団を頭までかぶって寝てしまう。
 朝になって茜は大学に向かうシャトルバスに乗る行列に並んでいる。茜はこの春に大学に入学して東京で初めての一人暮らしを始めた。東京といっても西のどん詰まりにある八王子だった。大学のキャンパスは駅前からシャトルバスに十分くらい揺られて着く山の中だ。長野県の茜の実家とあまり変わらない風景が広がっている。茜にとって嬉しかったのは学生には贅沢すぎる駅直結のタワーマンションに住めることだった。しかも最上階の四十一階の部屋に。親戚の家族が海外に転勤になり茜は格安の家賃で住まわせてもらっている。周囲に高いビルはないから見晴らしは最高だった。富士山もよく見える。
 シャトルバスに揺られながら茜は昨夜のことを考えていた。ベランダで見たものは夢ではなかったのか? 朝起きてベランダに出てみると羽根で作られた大きな団扇が落ちていた。風が強かったから何処からか飛ばされてきたのだろうか? 友達になったばかりの糠信知佳に見せようと思って茜はその団扇をカバンにいれて持ってきた。
 「これは天狗の団扇だね」知佳の第一声を茜は学食の日替わり定食を食べながら聞く。知佳は地元民で実家から大学に通っている。
 「天狗って、赤い顔した鼻の長いあれ? 団扇なんか持ってるの?」茜は訊く。
 「そうだよ。これであおげば神通力が使えるんだよ」
 「神通力? どんな力なの?」
 「うーん、よく分からないけど、強い風をおこして悪いやつを懲らしめたりするんじゃない?」
 「そっかー、天狗かぁー、あ、ねぇ、知佳、天狗って背中に羽ある?」
 「もちろん、あるよ。飛んでるとこ私はまだ見たことないけど。あ、ねぇ、茜、高尾山まだ行ってないでしょ」
 「うん、私、山登りあんまり好きじゃないから」
 「高尾山に天狗いるから、今度行こうよ。この団扇、天狗に返してあげようよ」

気がつくと男は霊山に戻っていた。そして、大きな失態をしていた。「団扇がない。落としたのか? あれは力の源。あれがないと村を救うことができない。探さないと」男は再び空に舞い上がった。

今度の週末にいこー!と強制的に茜は約束させられてしまう。あまり気乗りのしない茜だったけれど高尾山について調べてみた。標高は599メートル。2007年にミシュランの三つ星をもらった海外にも知られている人気観光地で、紅葉の季節には溢れるほどの人が訪れるらしい。今は紅葉の季節じゃないからそんなに人はいないだろう、と人混みが苦手な茜はそう思って自分を安心させた。ベランダに出て高尾山がある西のほうを見た。きれいな夕焼け空だ。富士山はすぐにわかるけど連なる山々のどれが高尾山なのか茜には分からなかった。(天狗なんて本当にいるとは思えない。でも夕べこのベランダに横たわっていた翼の生えたあの人は、もしかしたら。そんなことはない。あれは、やっぱり夢だったんだ。じゃあ、この団扇は?)茜は自分の顔より大きい団扇をあおいでみた。神通力が起こりそうな強い風は吹かなかった。(もし本当なら、天狗さん、団扇を落として困ってるだろうなぁー)と茜は天狗のことを心配した。

週末になった。茜はケーブルカーに乗りたかった。しかし、知佳に歩かされて中腹の高尾山薬王院に着いた時には疲労困憊していた。確かに天狗がいたるところにいる。もちろん本物ではない。石像だ。
 突然つむじ風のような強い風が起こった。知佳が空を指さす。その方向を茜は見る。人が飛んでいるのか? 茜は団扇を空の人に向かって大きく振った。舞い降りてきたのはまさしく天狗だった。茜は天狗に団扇を渡す。天狗は礼を言って空は舞い上がり、ふっと消えてしまった。

西暦2500年の裁判所で。
 【罪名及び罪状】
   時空攪乱罪
   西暦1375年と2022年の時空を歪め連結したことにより人々を混乱させた。また人体改造も行った。
 【判決】
   時空研究所所長 佐宗光太郎を流刑星10年の刑に処す。

文字数:1996

内容に関するアピール

八王子に住み続けてもう50年以上経ちます。しかし、八王子について考えたことはほとんどありません。
いい機会なので、みつめなおしてみました。都心から電車で50分ほどの距離があり、学生が多くて山が多い。歴史もあり人口も多いのですが、なかなか垢ぬけない街、といったところでしょうか。一番有名な高尾山と天狗を題材にしてこんな話を作ってみました。
 

文字数:168

課題提出者一覧