空白のショッピングモール

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空白のショッピングモール

 そのショッピングモールは、海辺にあった。
 ぼくの住んでいた場所は海に近く、二十分も歩けば砂浜に行くことができた。マンションを出て、海に向かって道を進むと、緩やかな坂道があり、登りきったところに大きな交差点がある。まっすぐ進めば砂浜があり、左に曲がるとショッピングモールが見えてくる。
 モールに向かうには、町から海に流れ込む大きな川を通過しなければならない。川にかかる橋は傾斜がきつく、渡るのにいつも苦労していた。
 橋のアーチの頂上につくと、ぼくは周囲を見回した。右手には海が広がり、左手には川を挟んで民家が立ち並んでいる。普段は車が多いはずの橋の上には、ぼくひとりだ。
 坂道を下って、横断歩道を渡ると、目的の場所にたどり着く。広大な敷地はいくつかの区画で構成されていて、左側にアウトレットモール、右側に家具屋や家電量販店、雑貨屋、おもちゃ屋、ゲームセンター、飲食店までが含まれた文字通り複合商業施設があった。
 服にあまり頓着がなかったぼくは、迷わず右側の区画へと向かった。ひときわ目立つ正面の観覧車が、ぼくを出迎えた。
 家族とここに来た時には、アウトレットモールを回って、最終的に飲食店の集まるこの区画にやってくる。そのほかにも、気の合う友だちとゲームセンターに行ったり、おもちゃ屋を見て回ったりもした。
 ここにはたくさんの思い出があった。
 平日でも人の多かったモールには、誰もいない。ぼくは通路を歩き回りながら、時折立ち止まり、店内の様子を見た。照明はついていたが、客はおろか店員もいなかった。
 例の観覧車は、二階の屋外通路に乗り口がある。ぼくは停止したゴンドラの前で少しだけ考えて、
「ちょっとお願いできるかな?」
 と空に向かって問いかけた。
 すると、静寂が包むモールにモーターの稼働音が響き、ゴンドラがゆっくりと動き出した。
 ぼくが乗り込むと、扉は自動的に閉まり、錠がおろされた。建物にさえぎられた視界が広がり、次第に海や町の遠くまでを見通すことができるようになる。
 そこで、ぼくがここを選んだ理由がなんとなくわかった気がした。
「気が済んだかい?」
 ゴンドラが頂上に上がりかけたころ、向かいの席から声がした。そこには、全身が真っ青の表面に凹凸のない体を持った宇宙人がいた。
「うん。なんていうかさ、少し前は、自分の住んでる町のことなんて考えてみたこともなかった。ここは交通の便が悪いし、どちらかというと田舎だし、古い民家だらけのつまらない町だ。ほら、そこに見える団地があるだろう? あれもずいぶん古い建物なんだ。ぼくは一人で住むなら都会が良い、いつかこんな場所から逃げ出してやるって思ってた。でも、いざ出ていくとなると寂しいね。それにしても、よくできてる」
 ぼくはあふれ出しそうなものを、なんとか言葉にしようと必死だった。
「これは君の記憶から作り出したものだ。もしも精巧に見えるのだとしたら、それだけ君の心に強く残っていたということさ」
 ぼくは宇宙人のほうを見た。
「どうして、ぼくが選ばれたんだろう?」
「さあ? 私は上からの命令を実行しているだけだからね。無作為に抽出した結果かもしれないし、君に適性があったからなのかもしれない。どちらにせよ君が特別であったことには違いないよ」
 
 ある日突然、空から光が降り注いだ。
 異常な熱量を持った光は、地球上を焼き尽くし、あらゆるものが灰と化した。光は山を平らにし、地上の海、川、とにかく水分のすべてを蒸発させた。
 気づいたときには、ぼくは真っ白な地面に立っていた。目の前に青い体の宇宙人がいて、君は選ばれた存在だと言った。
 不思議とぼくは冷静だった。ここが死後の世界だとか、ほんとうは光なんか降り注いでなくて、ぼくが狂って夢を見続けているだけだとか、そういうことを考えもしなかった。
 ぼくははっきりと、これが現実のことだと確信していた。
 宇宙人は、ともに来いとぼくを誘った。けれど、ぼくはどうしても首を縦に振ることができなかった。
 そこでかれは、なんでも好きなものを見せてやろうと言った。ぼくの頭には家族や友だち、推しのアイドル、たくさんの顔がよぎったけれど、でも、偽物でしかない人間と会うことに、なんの意味があるのだろうかと考えて、やめた。きっと、余計に辛くなるに違いない。
 しばらく考えてみて、家の近くにあるショッピングモールのことが頭に浮かんだ。かれは快く、なにもない空間に、ぼくの住んでいた町を作ってくれた。
 
「もう十分だ。ありがとう」
 ぼくが言うと、ゴンドラが消えて、足元に見えるモールや周囲の建物が音もなく崩れ去っていった。ぼくは宙に浮いたまま、その光景をぼんやりながめていた。
「では、ともに行こう」
 うなずくと、宇宙人に引っ張られるように、ぼくの体がさらに空高く浮かんだ。
 それから、ぼくたちは地球をあとにした。

文字数:1986

内容に関するアピール

私は生まれてから現在までずっと同じ地域に住んでいて、引っ越しはしましたが、大きく住所が変わったことがありません。私の地元は田舎といえるほど田舎でもなく、かといって都会でもない。そういう地域ではショッピングモールが生活の基盤になります。働くようになって、別の地方に出張に行くことも増えました。そこにはいつもショッピングモールがあり、移動の途中に立ち寄ると、なんだか地元に戻ったような気分になります。ショッピングモールとコンビニ、飲食のチェーン店。どんなに交通の便が悪い場所でも必ずあって、この三つがあればどこでだって生活できそうな気がしています。でも本当は、本屋があったらいいのにと思っています。ヴィレッジヴァンガードも悪くないのですが、最近のショッピングモールにははじめから本屋が入っていないところも多いですからね。TSUTAYAには頑張ってもらいたいものです。

文字数:381

課題提出者一覧