染織夜行せんしょくやこう

印刷

染織夜行せんしょくやこう

炎昼を地面に残す、夜半の京都。東大路二条下ルところに集う煌めく群衆が纏うのは、色鮮やかな、異なる時世の装い。古墳から江戸、卑弥呼から篤姫までの、六つの時代を綴る、今宵限りの衣裳の幽霊たち。
そして、その行列の先頭に立つのは、私と、大親友だったミチ。今までずっとずっと抱えてきた青臭い反乱が、やっとこれで始められる。

きっかけは、私が学び舎の中で見つけた百年も前の写真。歴史に埋もれたその祭りを見て、私はある疑問の虜になった。モノクロの風俗行列を織りなす、在りし日の京の人々は、果たしてどんな彩りをしていたのかと。
勢いそのまま『失われた祭りを復活させたい』と、ミチに相談したら、彼女はきれいに伸ばした編み込みの髪をしゃりんと揺らし、『絶対にやってやろう!』とふたつ返事で合点してくれた。

四条大橋。半壊したその橋を通るとき、ふと、ひとつひとつの思い出を手繰っていくと、まばゆい青春が一糸に連なって蘇っていく。まるで、すべてが昨日のことのよう。
私の隣を、煌々と輝く躰で歩くミチの横顔を見る。一瞬、彼女の手を握ってみようかと思い、すんでのところで引っ込める。
まだ、その時ではない。

祭りというのは、つまり、都市が演舞するってことなんだと思う。
かつて古都を彩った数百の祭りは、一年のうち、決められた短い時間にだけ着飾って、大昔と同じ姿で舞った。
けど、任意の座標にどんな形状の物体をも投射可能な光依代ホロアバターの台頭よって、人々が集う文化は消え去った。
さらに、今の世は非物質が貴しとされ、物質イコール悪、という価値観に皆が染まっている。華美な装飾なんて非常識だと見なされる、画一化した灰色の時代。私は無味乾燥なそんな世界に、なんとしてでも反抗する。

烏丸通。獣の声だけが反響する無人の街に、光の筋を伸ばす衣紋夜行えもんやこう。事前の通告に従って住民の避難が行われたから、この街には私たち以外に誰の姿もありはしない。
私は隣を歩くミチの、固まったままの横顔を再びそっと見る。肩と肩が触れそうな距離のまま、ずっと行進を続けていると、火照った躰の熱が彼女に伝わるような気さえする。だから、淡い期待を抱えてしまい、汗ばんだ手でミチに肩に触れようと、つい、指をのばす。
だけど、私が手の中に宿した儚い希望は、ミチの乾いた肌を無遠慮に通り抜ける。その当然の事実に、私の虚ろな胸がきしりと鳴った。

高校二年生の冬、火曜の朝、私が偶然休んでいた日。我が学び舎に七十五発の焼夷弾が、何の布告もなく落とされた。
その炎は、みんなみんなを巻き込んだ。大の親友だったミチも、可愛がってくれた先輩も、少しお節介な愛しい後輩も。
そこから日本も戦争の時代に逆行し、たった十年で人々の価値観は変容した。自粛という名の検閲の結果、華やかな色は、人々の生活から消え去った。

私が学生の頃に夢見たのは、今から百年以上前の昭和の時代、戦争の合間のわずか七年の間だけ行われた染織祭せんしょくさい。かつては、京都の四大祭りの一つに数えられた、幻の祭り。
その失われた祭りを復活させるため、亡くなった同胞の光依代に、国から禁止された彩色番号カラーコードを違法レンダリングし着込ませた。

丸太町通に突入。ついに祭りはフィナーレに。
私は光依代で象られたミチに、自身の躰を重ねることで彼女を纏う。一つになったまま、私が右手をのばせば、プログラムに従って、彼女もすっと手を伸ばしてくれる。
今から行うは、古来オリジナルの染織祭で行われたのと同じ、神賑かみにぎわい。今は亡きの魂を祀るために、私は踊る、ミチと一緒に。
レトロな矢絣やがすり柄の着物に続く、瀟洒な菊模様のドレス、さらにはパステルカラーのワンピース。どれも明治以降に生まれた、第七の時代のころもたち。その意匠を光依代がミリセックごとに描画することで、残る軌跡が時代と時代とを点綴して、繋がり溶け合っていく。その姿はまるで艷やかな幻獣のよう。
舞いのさなか、私はずっと願い続ける。誰かが私たちの意思を継いで、また祭りを蘇らせてくれることを。

午前五時、予告された時間が遂にやってきた。夜行の終わり。接続が切れ始める。死者を模した光依代は、一体、また一体と、朝霧の中に霞んでいく。
私はミチから脱し、彼女の隣に座って最後を待つ。体内に残る祭りの熱狂と、これから訪れるはずの、終わりへの苦悶とが混ざり合う。興奮と恐怖とが綯い交ぜの、震える声で私は言う。
「いよいよ会えるねぇ、ミチ」
私の声に応えるように、仮初の衣が死臭を放ち、表情が無いはず人形マネキンが、私に向かってゆっくりと微笑む。
雲を切り裂く爆雷が、比叡山から昇る曙光とちょうど重なり、儚く染まった街に終わりを告げた。灼熱の海に溶ける、一夜限りの淡い夏夜の亡霊たち。
炎を纏いながら、私は微笑む。これでやっと、あなたとお揃い。

文字数:2000

内容に関するアピール

京都×祭り×服飾SFです。
僕が学生時代に住んでいた京都を舞台としました。
染織祭は、昭和六年から日中戦争の影響で無くなるまでの、わずか七年間にあった祭りです。作中の通り、当時は京都の四大祭りに数えられるほどに賑わいを見せた祭りで、京都の有名な祭りのひとつである(当時の)時代祭が、階級社会の男性の服装を主とした祭りだったのに対し、染織祭は女性の大衆的な服装をメインにした祭りでした。
それほどまでに当時賑わったにも関わらず、現代ではほとんど知られてない、その失われた祭りを、綺羅びやかな服が失われた時代に、死者のホログラムと共に復活させる話です。

# 参考文献
『忘れられた祭り 京都染織祭 恐慌・戦争・復興を駆ける』北野裕子著
『京都の神社と祭り 千年都市における歴史と空間』本多健一著

文字数:338

課題提出者一覧