河内音頭にのせまして

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河内音頭にのせまして

蒸した夜に、白熱灯の光がつらなる。人いらの喧騒。
真ん中にそびえる紅白のやぐら。夏祭りはいつも突然、姿をあらわす。

叩かれて振り返ると、浴衣姿のザベスが立っていた。
「ケータイ見てへんやろ」
「あ」
「いつも見いや言うてんのに。てか浴衣、白も可愛いな。ちょ、写真とろ」
促されるままポーズ決めて、写真撮って、ザベスがそれアップするん待って、出店を回る。たこ焼きは絶対タコせんのある店って決めとったけど、フランクフルトは違いがなさすぎて選べん。クラスの子とか中一のとき一緒やった子に会うたび写真撮って、浴衣ほめあって、別れて、を繰り返す。

スーパーボールすくってるくらいから、ザベスがロボコップみたいに周りを見回してるんにうちは気づいてる。アンパンマン音頭がスピーカーから流れ始めてちびっ子が櫓の周りで踊り始める。そろそろザベスを誰かにパスせないかん。
「ラインしいや」
「え?」
「ハシゲと回りたいんやろ? めっちゃ探してるやん」
「バレてた? うわ、めっちゃ恥ずいやん」
ザベスが語るハシゲへの複雑な想いに頷きながら、踊りの方が気になってしゃあない。
「だからな、うちは一緒に回りたいとかそういうんちゃうくて、ちょっと会って話せたらそれで十分やねん」
「とりあえず電話しよ」
「ちょ、無理やし! マジで無理!!」

いつの間にかアンパンマン音頭は止んで、櫓の上では自治会の人たちが準備を始めてる。なのに隣ではザベスがまだ呪文のように無理無理を唱えてて、このままやと年に一度のうちのささやかな願いは叶いそうにない。 

どうかうちに、河内音頭を踊らせてください。

「よ」
後ろから声がして振り返る。二人ともすごい顔してたと思うし、ハシゲは多分、モテ期来た、と思ったと思う。でも次の瞬間、うちはもっとすごい顔してたと思う。
「お待たせしました、河内家菊水丸 一座の御登壇です」
着流しの三人が上がってくると、櫓が魔法みたいに光り始める。歓声を上げながら、人が吸い寄せられていく。
「ごめん、うち行かな」
「なんで?」
ザベスは完全に好きが限界を迎えてる顔で、ハシゲもポケットに手突っ込んでイケメン立ちしてるけど、明らかに目が泳いでる。けど、うちにはもう時間がなかった。
「踊らなあかんねん」
戸惑う二人に手を合わせると、急旋回して櫓を目指した。

「それでは皆さん、参りましょう」
菊水丸の合図で和太鼓とギターの囃子が鳴り始める。慣れない下駄で走りにくい。でも必死で櫓に向かって走る。なんのために浴衣着てきたと思てるん、踊るためやぞ!

〽︎イヤコラセェ ドッコイセ

回り始めた輪に、ギリギリで滑り込む。 一年ぶりやから忘れてる。櫓に一番近い輪を作る、揃いの浴衣を来たおばちゃんたちの真似をする。手踊りは簡単。息が整って、踊りにも慣れるとリズムに体が溶けていく。同じ動きを繰り返して、櫓の周りを囲んで回り続ける。

〽︎八百屋の娘で名がお七 吉さん恋しと火をつけた

唄は物語になってる。物語は進んでく。でもうちらは同じことを繰り返す。
宇宙みたい。
真っ直ぐ進む時間の周りをただくり返すだけの時間が回ってく。河内音頭は宇宙。宇宙がうちの夏をのみこんでく。

唄がやんで音がやむ。踊ってた人たちが櫓に向かって拍手する。うちも精一杯たたく。浴衣の中が汗ばんでる。

「さてお次は長くなります。皆様の体がついてくるまで今宵は謡い続けましょう」
音が鳴って、また輪が動き出す。さっきとは動きが違う。前に行ったり後ろに引いたり、内側向いたり。うちわ片手に軽快に踊る隣のおっちゃんの真似をしようとするけど、独自のアレンジが凄すぎる。揃いの浴衣のおばちゃんたちとの間には輪が増えて、はっきり見えへん。周りの人の動きを断片的につなぎ合わせて、徐々に合わせてく。
一つ外の輪に、ザベスとハシゲがおる。二人ともなんか大人っぽい。仲良さそうに笑いあってうちに手を振る。知らん小さい女の子が二人の間で踊ってる。隣にいたはずのおっちゃんは、いつの間にか少年になってる。ねじり鉢巻にはっぴ着て、相変わらず軽快なステップを踏んでる。揃いのおばちゃんたちは、おばあちゃんになってる。よぼよぼで輪の動きはめっちゃ遅い。それでもちょとずつ進んでる。いつの間にか白い浴衣に包まれて泣いてた赤ちゃんのうちを、隣のお兄さんが拾い上げる。踊るお兄さんの腕の中で、河内家菊水丸の唄をきく。円環する時間の中で、戻ってこない時間が鳴り響く。うちの体は大きくなって、お兄さんの腕から離れてまた一人で踊れるようになる。ヨボヨボになって倒れて、泣いて、抱き上げられて、また踊って。うちらは櫓の周りで同じことを繰り返し続ける。音頭に合わせて。音頭がやむまで。

〽︎ソォラァヨォイ ドッコイサ サァノォヨイヤアサァサ

うちの夏が宇宙をのみこんでく。宇宙には、河内音頭が鳴り響いてる。

文字数:1986

内容に関するアピール

『河内音頭』は、大阪で広く行き渡った夏の風物詩です。東部や南部では近所の子供会が主催するような夏祭りでも、櫓が立ち、音頭取りの生演奏・生歌に合わせて踊ることができます。
音頭取りにもたくさんの流派(?)がありますが、肌感としては、河内家菊水丸かわちや きくすいまるが来るとなると盛り上がりが違います。菊水丸は大阪では知らない人はいない有名人です。
また口説くどきと呼ばれる歌詞の内容は『河内十人斬り』が有名ですが、落語や浄瑠璃などの古典、最近のニュースや創作、宣伝など筋があればなんでもあり、即興で唄うことも多いようです。

簡単な動きの繰り返しで深い高揚を得られ、その場に居合わせれば誰でも参加できる日本の盆踊り、その中でも河内のエスニシティを表現することを目指しました。

参考:河内音頭。3:10ごろから踊りが始まります。

 

文字数:364

課題提出者一覧