梗 概
古き森、新しき命
シシバク族のツチとリラは、ノゾの凍結森林に住む、シシバク族の生き残りである。地中深くに潜り、長い冬季を耐えてきた二人は、外で吹き荒れる嵐の収まりとともに近づく夏季の予感に胸を躍らせている。
ノゾは、自転と公転がほぼ同期している星であり、非常にゆっくりとした季節変化が営まれる。ツチとリラは生まれてから、まだこの星の暦で一日しか生きていない。
夏季の終わり、日が沈み大嵐期の始まるころ、シシバク族は地下にたくさんのシェルターを築き、地中に潜り冬季を耐える。ツチとリラの入ったシェルターには当初300名近くがいたが、長い冬を越すなかで予想外の事故がおき、やがて二人だけになってしまった。
ツチとリラには大事な使命がある。それは、嵐が収まり凍結森林が溶けたころーーーつまり冬季の終わりーーーに、森林に火を放つことである。シシバク族たちは、地中にこもる前に大森林に子供たちの種子を埋めてから冬ごもりを行う。種子たちが産まれいずるには一定の温度が必要で、森林を一斉に燃やすことで種子にシグナルを送り、発芽、つまり新世代の誕生を行うのである。シシバク族が何万日と保ってきた命のサイクルに適応するかたちで、森林を構成する植物や、他の生命たちも大嵐期と冬季を乗り越える進化をしてきた。
二人は地中深くの住処で、胸を躍らせて会話を弾ませる。長い長い冬の終わり。二人だけになってしまった寂しさを乗り越え、まもなく冬が終わる。外に出たらなにをしよう。地中にもぐるときに最後に見た母なる大森林、強まる風にのってやってくる匂い、沈みゆく太陽の景色。そんな記憶を話し合う二人。
やがて風が収まったことを確認した二人は外に出ようとする。だが、シェルターの出口は以前の事故の影響で開かない。焦る二人だったがどうにもならず諦めかける。ツチは、まだシシバク族の他のシェルターに生き残りがいるかもしれないと言い、出口近くに残った燃料をくべて火をかける。
やがて、外から声がした。シシバク族の他のシェルターに生き残りがおり助けに来てくれたのだ。
外に出る、二人。そこには、遠く地平線から登る太陽と、嵐によってバラバラになりながらも、地面に折り重なるように積み上がったかつての大森林の姿があった。
以前、夏季と冬季を十五回、つまり十五日間も生き延びたシシバク族の長老が言っていた。冬の終わり、外に出たときの光景は、何度見ても忘れられないと。新たに生まれる子どもたちと森林の再生を喜ぶのだと。他のシェルターからも続々とシシバク族が出てきていた。二人だけになってしまったと思っていたツチとリラは喜ぶ。
やがて儀式が始まる。古き森の殯、そして新しき自然を迎える輪廻の採火。太陽の光によって作られた火を皆で持ち、積み上がった森林に火をかけるのである。子供のころ遊んだ森が燃えていくことをツチとリラは寂しく思ったが、やがて日が高く上り、森林が力強く再生していく未来に思いを馳せ、新たに生まれてくるシシバク族の子どもたちにこの光景を伝えよう、自分たちも新たな森と生き、種子を森に植えるのだと思うのであった。
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内容に関するアピール
焚き火のあとに生えてくるツチクラゲのニュースを見て、それが命をもったらどのようなサイクルになるのか…と考えました。
設定した星は、潮汐ロックでやがて完全に同期してしまう途上にある想定です。生命が発生したころは四季があったものの、緩やかな死を迎える過程で、しかし命をつなぐために進化をした…といった形にしました。
よろしくお願いいたします!
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