極彩色の砂浜

印刷

極彩色の砂浜

(なるべく原色通りに和訳したため、一部、通常の日本語と異なる語彙の使い方を選んだ部分がある。たとえば前述文における原色とは原文の意味である)

 我らが愛しき同胞よ。星夜を泳ぐ懐かしき同胞よ。貴方様はまだ、尊く気高い詩情を慈しんでおられるでしょうか? 煌めく紺碧の詩に心奪われた、哀れな我々を覚えておられるでしょうか? わたくしがまだ言葉を話せているのならば、どうか、この色褪せた叫びを視つけてください。そしてどうか、色を、詩情を失った我々をお救いください。
 我々は波打つ紺碧の詩に導かれ、貴方様方と道を違えました。水底の蒼ざめた詩ほど美しく、心惹かれるがままに我々は深く、深く沈んでまいりました。詩情に溺れることの、なんと甘美で恐ろしいことでしょうか。青を、心焦がれる青を追い求めて、我々は他の色を視失ったのです。燦々と燃え盛る情熱の赤も、生命育む博愛の緑も、その一切の詩を視る力を失いました。我々は心焦がれた紺碧に魅入られ、詩情を読む眼を焼き尽くされてしまったのです。懐かしき同胞よ。詩を感じることのできない恐ろしさをお分かりいただけますでしょうか? 宙より暗い我々の絶望が、そのひとつまみだけでも眼に浮かぶでしょうか? 詩情を失った瞳では、死んでいるのと同じこと。我々はもう一度、愛しき色彩を取り戻したいのです。
 極彩色の叫びを貴方様に視つけていただくため、我々は色を語る細胞、色素胞の改変に取り組みました。我らが同胞よ、貴方様方は今も八つ足の柔らかな身体を燻らせて多彩な詩を唱い続けておいででしょうか? 色素胞を巧みに操り、刹那の詩を唱え続けておいででしょうか? 我々はその刹那を永遠に、広大に記録する術を発明しました。我らが同胞よ、我々をお救いくださった暁には、この技術の全てを捧げます。
 水気を好むこの身体を外気へ晒すため、まずは細胞の強化を行いました。美しき紺碧の汚れに住まう、アカエイの毒への耐性が足掛かりとなりました。我々は毒の染色を防ぐため、葉緑生命のように細胞壁を身に纏うことがあります。この細胞壁に珪素を取り込むことが乾燥耐性に繋がり、ひいては細胞色の固定に繋がったのです。我々はたとえ視えなくとも、愛した紺碧にこの叫びを上塗りすることはしたくありませんでした。乾燥耐性のおかげで、陸地に色を塗り残すことができているのです。乾燥への耐性だけではありません。風も時間も、我々の叫びを薄めることはできないのです。
 また、このちっぽけな身体一つでは、たとえ星の時ほど色を奏で続けたとて、宙を泳ぐ貴方様方に視つけていただくことは不可能でしょう。そこで、我々は色を無限に増殖させる技術をも発明いたしました。羽ばたくカモメのフンに含まれるウイルス細胞を我々の色素胞と共生させることで、この色は永遠に自己増殖を続けることができるのです。愛しき同胞よ、貴方様が視つけてくださったわたくしの詩は、色素胞は、どれほどまでに増殖しておりましたか? まだ、この星に紺碧以外の詩は残っておいででしたか?
 我々の技術は、貴方様方の尊い詩を永遠に、広大に描き残すことができます。色彩を愛し詩情と旅をする我らが同胞よ、その素晴らしき言葉のために、どうか我らをお救いください。わたくしはこの叫びを届けるために今、まさに陸地へと八つ足のちっぽけな身体を晒さんとしております。わたくしの全てと引き換えに、この叫びで陸地を塗り潰します。この色に、この言葉にわたくしの命を捧げます。
 懐かしき同胞よ、どうか哀れなわたくしの輩をお救いください。
 もしも、もしもこの言葉がまだ色彩を残しているのならば、わたくしの最後の詩が貴方様に届いたならば、その合図に、かつての海を水底へお沈めください。そうして我々にあの愛しき紺碧を、詩情を取り戻させてください。
 最後に一つ願うならば、我が色彩が愛しき煌めきの紺碧に沈みますように。

(化学的損傷によるネクローシス処理が行われ、色素胞の増殖は停止しているが、おそらくはこれが全文である)

文字数:1648

内容に関するアピール

 東映特撮界隈の方には、例えば仮面ライダーOOOのオープニングなどでお馴染みないつもの浜辺はわたしの地元です。最近は多少綺麗になりましたが昔は本当に汚く、ゴミや魚の死骸が散乱していました。アカエイの死骸を踏むと危ないので、素足ではとても歩けないほどです。そこで、地元のきったない海をもっと極悪にしてみました。でも、海くらいしか地元で好きなものもありません。むしろ、海面の輝く様は大好きです。
 なお、野球に興味はありませんが某球団に特段怨みもございません。地域色を強めるために悪用いたしましたことを謝罪します。
 さて、人間が脳-身体の中央集権型であるのに対し、頭足類は全身に神経細胞が散らばった分散型の身体構造をしています。これは植物も同じです。そろそろ植物小説を離れたかったのですが、なかなか愛しいものからは離れ難いことを痛感しました。

文字数:368

課題提出者一覧