神の石ころ、人の一手

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梗 概

神の石ころ、人の一手

囲碁の院生として神の一手を目指す伊吹怜はAIの手を研究する毎日を送っていると、評価値が現実の碁盤にも見えるようになった。評価値とはAIが示す勝率が高い手の点であり、それに従い連勝を重ねる。不審に思った院生師範に自分の能力を説明すると、日本棋院の地下に連れて行かれる。そこは院生Zクラス。囲碁により特殊能力が目覚めた生徒を集めた機関だった。
 そこで時笑という寡黙な少女と対局することになる。碁を通じての意思疎通は手談と呼ばれ、彼女はそれを強化したテレパシー能力を有していた。そして評価値という最善に従いつつ自分という個性に悩んでいる伊吹の心理を明らかにされる。困惑する伊吹に、飛び級でアメリカの大学で量子力学を学んでいたが囲碁にハマり機関の研究員をやっている松川季理が言う。「盤上の碁石は単体だとただの石だが、その意味や価値は他の石との関係で決まり金にも銀にもなる。人は世界における石ころのようなもの。君はどうなるかな?」
 翌日、伊吹が目を覚ますと視界には赤と青の点が浮かんでいた。評価値が盤上だけでなく現実にまで見えるようになっていたのだ。伊吹は日常でも自分にとって最善の行動がわかるようになり、それは人の心理にまで及んだ。松崎に評価値が示すとおりに会話すると好感度が上がるのがわかった。天才感出してたけどチョロかった。そして周囲に壁を作り部屋の隅でじっとしている時笑にも話しかける。テレパシーが流れこむが評価値により逆に時笑の心理がわかる。彼女は伊吹の能力の覚醒に気づき止めようとするが、本心は違った。
 気づくと、世界が点で埋め尽くされていた。無数の点には変わらず確率が表示されている。それは量子だった。評価値とは最善ではなくルールの中での自然な姿を統計的に表すものであり、それが碁盤、伊吹の視点、そして世界全体へと広がっていったのだ。量子の存在は確率的であり、それらの偶然の関わりあいで世界は成り立っていた。観測した伊吹は世界に埋没していたが、脳内に時笑の声が聞こえた。物心つく前から異国で碁を打ち言葉よりも石の関係で世界を捉えていたため能力が発現し、碁盤を介さずとも世界全体の関係を聞くことができていた。彼女はずっと一人でこの世界を見ており、関係を求めて伊吹を引き上げたのだった。申し訳なく思う時笑に、伊吹は囲碁を打つことを提案する。お前はそれしかないのかと呆れる彼女だったが、伊吹はこの世界を見て喜んでいた。この世界は偶然と関係でなりたっている。ならば神は存在しない。つまり神の一手などなく、自分の一手を打てるのだ。そして時笑はずっと一人だったが今は二人だ。だから救いあえる。
 世界と関係しすぎないように碁盤という二次元平面で世界を区切る。二人だけで観測しあう。テレパシーも評価値もない。思考を読み合い石ころの可能性を変化させあう。そうやって二人は囲碁を打つ。それは純粋な遊びだった。

文字数:1196

内容に関するアピール

 

AIによる評価値。青い点が最善。たくさんの赤い点がおすすめされない候補手。棋譜は俺vsAI。

 

課題:「遊べ!不合理なまでに!」を選択

囲碁について書くと最初に決めました。好きだからです。「うまくできそうなもの」と好きは異なりますが、そもそもSFが不得意で、科学っぽい要素をいれただけの話ではダメと前回で痛感し、魅力的な設定とロジックの積み重ねがSFの面白さなのか?と思い、なら一つの題材を深く考えるだけの知識と愛が必要だろうと囲碁を選びました。
 囲碁は芸術ともスポーツとも言われますが、AIに直接触れ遊ぶことが難しくなった遊戯だと思います。碁石はそれ単体では意味は不確定で、他の石との関係により金にも銀にも成りうると本文に書きました。AIのかませ犬としてSFの未来感どころか現実に追い抜かれた過去のゲームというイメージを、私の一手により意味を変化させるという思いで書きました。

文字数:386

課題提出者一覧