梗 概
髪がない
人類は禿を克服した。
育毛、植毛技術の発達は人々が思うままの毛を生やしたい望みをかなえ、直毛巻毛剛毛猫毛、髪の種類から色まで好きなようにカスタマイズができた。
禿げた人類は消え去り、スキンヘッドは機械人類の象徴となった。
機械人類は、身体的な難病等なんらかの理由によりメタルボディにメンタルを移植した人間たちである。身体的な限界をある程度克服した彼らは社会的に様々な制約を課せられていた。「髪なし」は生体スキンを貼り付け、普通の人間と差異がわからない彼らを区別するための目印である。
メタルボディに張り付ける生体スキンの製造を主業務とするファブグラッド社に努めるタシロ―の隣席も髪なしのサイトウだった。
サイトウはとにかく仕事のできない機械人間で、発想力も行動力も乏しいのに、生体の頃にある程度の年齢だったのか分不相応にプライドだけは高いダメ機械人間だった。
サイトウのせいで業務負担が増えているように感じたタシロ―は髪なし雇用機会均等法がなければこいつなんかクビにしてもっと使える人間を雇うのに…と日ごろから疎ましく感じていた。
年の瀬も迫ったころ、忘年会の席で手持無沙汰になったタシロ―は酒の勢いでサイトウに初めて自分から話しかける。
愛想の悪い返事に会話も盛り上がらず、話しかけたことをすぐに後悔したタシロ―だがメタルボディのサイトウが飲んでいる飲み物が気になり尋ねる。
機械人間は事前に定められた稼働機関活動できるだけのエネルギー体を体内に備えており飲食の必要はないからだ。
サイトウが見せたものは機械人間内の感情スイッチを酩酊状態に切り替えるメタルビールだった。
機械人間は生体からのメンタル移植に伴い感情表現にバグが発生することがあり、TPOに適した感情表現ができるように飲食物やパッチシール形式など様々な感情スイッチがあるのだという。
機械人間に関わるような仕事につきながら、彼らのことを理解していなかったことを恥じたタシロ―は、忘年会を機にサイトウと徐々に距離を詰めていくのだった。
ある日、タシロ―はサイトウから髪なしがコンプレックスであることを打ち明けられる。
生体だったころの彼は誰もがうらやむ素晴らしい直毛で、触れれば絹の触り心地だったという。
サイトウのために何かしてやりたいと思ったタシロ―は違法と知りながら、工場の生体スキンの試作用製造ラインを自身の権限でいじりサイトウの望む毛の生える生体スキンを作ることに成功した。
通常の生体スキン製造に混ぜ込み、生体スキンを張り替えたサイトウは毛が本格的に生え始める前に退職、タシロ―と内縁のパートナーになり同棲を始めた。
徐々に生え始めた髪毛に喜ぶサイトウだったが、髪が伸びるにつれそれがかつて自分の生体に生えていたものと違うことに違和感を覚え始める。
一番の思い入れがあったものだけにはっきりとかつてとの違いを感じてしまったサイトウはつらい思いを断ち切るために無感情スイッチの錠剤を一気飲みする。
タシローが帰宅してみたのは微動だにしようとしないサイトウだった。
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内容に関するアピール
2019年第9回「○○の気持ちになってください」にしました。
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